上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010.03.30 一次試験合格
一次試験合格発表日は仕事が休みでした。朝からホームページを見てもなかなかアップされてない・・・
もどかしい。
だめもとだったし、気にしてないつもりだったけど、意外と合否は気になるもんだな。

夕方、ついに合格者受験番号がアップされてました。
開いた瞬間、ふと自分の番号はあるな、と思いました。根拠はないけどなんとなく。
結構下のほう。スクロールしていくと。。。
見つけた
やっぱりあった
嬉しいけど不安。複雑。でも、チャンスが広がったと確信しました。

一次試験の看護師専門試験はこんなでした

 ①自己の所属する組織のTQM活動について
 ②活動の中で自分の担った役割と体験したことについて
 ③自分の体験が現地で活動する際にどのように応用できるかについて


TQM活動ってなに・・・!?ってとこからでしたけど

応募者2391人中合格者1558人
 うち看護師は119人中91人

二次試験に向けて本格的に英語の勉強開始
一次試験は書類審査健康診断
受験の決断がぎりぎりだったため、健康診断の書類に手間取り、少し後悔
健康面はおおかた異常はないけど、問題は提出書類。
調書などはなんとかできたけど、専門試験問題が・・・難しい。
結局、答えになってるのかわかんないけど、A4裏表びっしりレポート書きました。
何度見直しても、質問の意味が解ってないような気もして不安でしたが、これも実力だからと思って、
締め切り当日(消印有効)に提出しました

郵便局の前で、
やっぱり、早め早めに準備しないといけんなぁと肝に銘じました・・・


提出してしまえば、後は結果待ち。
突然の交代で休みもらうのは不可能なので、一応、二次試験予定の日は休みを希望しました。
融通きかせてもらえるかなと思って、この時上司にも報告。
なんていわれるかなと不安だったけど、決意したことを喜んでくれました
だめもとでも、努力したことだけは証明したいし、すぐ二次試験に向けての準備もはじめました。
2010.03.18 受験までvol2
JICA受験を決意してからは、ひたすら情報収集。職場の退職は、すぐ決めました。
もし受かって2年後帰ってきても、前と同じように働ける自信はないし、違う道にすすむ可能性もあるかもしれないので、
退職参加にしました。
それに 専門職なので就職に困ることはないと思ったし、その時点では職場に未練がなかった…

でも自分が海外協力隊で活動してるイメージが湧かなくて、なんとなく、そんな近い将来にかなう夢じゃないかもなぁなんて思ったりもしてました
とにかくなにからすれば分からなかったんで、TOEICのテキストで英語の勉強を始めました。
同時期に、プレエントリーの受付も開始されてたので、暇なときはJICAのホームページを眺めたりしてました。

それでも4月になると仕事が忙しくなり、ただ目の前のことをこなすのに精一杯。
本気で、今回受けなきゃと思って応募用紙を書きはじめたのは、締め切り1週間前のことでした(笑)
                                           つづく
2010.03.17 受験まで
前のブログをそのまま引越しできなかったので、ここまでの軌跡を書いておこうと思います。

漠然と、海外で働きたいなぁと思ったのは小学生の時
同時に、将来自分は看護師になるもんだとも思っていました。
大学受験のときも就職試験の時も、看護師を目指した理由を聞かれて
 看護師になるために生まれてきたと思ってました。あまりに他の仕事をしている自分が想像できなくて…
とか言っちゃったりしてました(笑)
ナイチンゲールか!とかつっこみたくなりますが…
いっぱいいっぱい理由はあるんだけど、まとめていうと、こういうことだったんです
でも、どっちも合格もらいましたし、意気込みは買ってもらえたかなと思ってます。
就職してからは、ただがむしゃらな毎日で、たまにはイライラもするし、しょっちゅう落ち込むし…
正直、自分は看護師に向いてないんじゃないかと思い悩むばかりでした。
向いてるか向いてないかはわかんないけど、でも、いつか 看護師が天職です と胸張って言えるように、ただただ成長していきたいなと思うようになりました。それがやっと今。

それから海外の話に戻りますが…
中学生の時に教師としてJICAでボランティアをされた大先輩の話を聞きました。その時、その人がすごくキラキラして見えたもんで、一気にときめいたのを覚えています。
漠然とした夢だったのが、看護師として困っている人のために海外で働く、という道があると知った瞬間でした。
大学での授業や、看護師の職についてからの勉強で、海外協力とはなんぞやというものをちょびっと学び、きちんと段階を踏まないとだめだと悟りました。それからはできるものは貪欲に経験してきました。

いつかはJICAでなんて口では言っていましたが、決心はなかなかつかないもの。
なんとなく退職のことと、受験を考えはじめたのは2009年2月18日でした。

                                   つづく

4月から青年海外協力隊22年度1次隊看護師隊員として派遣される予定です。
海外保健活動に興味を持ち、看護師で臨床経験を経てこの道を選びました
たくさん迷い悩みながら、やっとスタート地点に立つことができたように思います。
今はただ、まっすぐこの道を歩いていきたいと思っています

自分自身、たくさんの先輩隊員のブログから情報収集してモチベーションをあげてきたので、自分の軌跡だけでなく、これから同じような目標を持つ人達の助けになるような記録をしていきたいなと思っています。
また、自分の目標を応援してくれた人達に心配かけないよう、生存報告もかねて、自分の活動を発信していくつもりです。

以前つくっていたブログが、絵文字とか気にいらなかったので、引越してきました。
まずはご挨拶まで
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。