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首都出張~帰国報告&送別会編~

2年間の派遣期間が終了した21年度1次隊の帰国報告も行われた。
帰国報告は1人30分(発表20分、質疑応答10分)

2年間もウズベキスタンにいれば、あるていど割り切りもできて、
生活にも言葉にも慣れた2サイクル目に
やりたいこと やるべきことが見えてくる。
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21年度1次隊はSV1人、JOCV1人。たった2人だけど・・・
この年代からSVとJOCVの交流が深まったそう(首都で)
そういうのも全部含めて、21年度1次隊の人の存在って大きかった。


報告会後は送別会。
2年間の活動を終えた「帰国隊員からの言葉」を聞くと
すごくさびしくなった。
長いようで短い2年間。先輩と過ごした期間は1年間。
もっともっとたくさん話したかったな。
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自分は、ゆっくり飲んで食べて話してって雰囲気が好きなんだけど、
今回は出し物のオンパレード。
ダンスに歌にカラオケに…
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みんなホントに多才。

一芸もなにもない自分達地方隊員も何かやらないといけなかったみたいで…
全員でというわけにはいかなかったけど、
帰国するS隊員(アキャ)が一緒にやろうと声をかけてくれたので
有志3人とアキャの4人で ある無謀な挑戦をした。

アキャ自作のラップ

最初聞いた時は全然イメージがつかめなかったけど、
歌詞が送られてきて、ホントに感動した。
お世話になったアキャのためにも、ぜひとも成功させたいと意気込んだ。
といっても一緒にできる練習はたった2回だけ。
歌詞を覚えるのにいっぱいいっぱい。
リズムに乗るのも難しい。
しかも素面でやるのかと思うと、かなり緊張した。

首都に上京した1日目、2日目の夜にホテルの前の公園で練習。
奇妙な日本人ラッパー(笑)
でも、楽しかった。練習が一番楽しかった

2人で一緒に歌うとこ、かけあい、それから台詞、ふりつけ。
2日間の練習中にもいろいろアイデアが出て形になった。

当日、マイクが使えない、音源出せないってことが判明。
直前にみんなで決めた。
地声でいこう!
とにかく楽しんでやろう!

あまりの緊張で、一番最初の歌詞をど忘れしたり…
やり直しもご愛嬌。
アドリブもいれながら、それでも最後までやりきった。

みんなの合いの手や拍手が心強かった。

終わった後、自然にお互いハグと握手。
なんかふっきれた気がした。

3番までの編成の歌詞。
一部だけ抜粋。アキャ、勝手にすみません。


配属先は グリスタン
イスティックボリアフロド
ヨシュラルマルカーズ
組織は小さく 上司はでかく
未来は明るく 事務所は暗く
思うようには 働けないが
好きなようには 使われた
ハイハイ言いつつ 面従腹背
押してダメなら 引いてみろ
引いてダメなら かけてみろ
知らない明日に 賭けてみろ

誰かに電話もかけてみよ


※台詞(電話での会話)
「最近どうですか・・・?」
「うーん、相変わらずだけど・・・そっちは?」
「いや、似たような感じです。じゃ、また・・・」


やる気はいつも 空回り

仕事じゃないんだ 活動なんだ

疑心暗鬼で 遠回り

誰でも何度も くちびる噛むんだ

自信なくして 引きこもり

自分を見つめる 時間があるんだ

大きくするなよ 胴回り

肥満じゃないんだ 貫禄なんだ

ストレス解消 後回し

全身使って 地団駄踏むんだ
一本道は 敷かれてないんだ
二枚舌には 三枚腰で
四歩進んで 五歩さがれ
地球はどこでも まるいもの
いつか必ず 前に出る


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言葉をたとえ わすれても
日干しレンガが 崩れても
ここで過ごした 2年間
からだの芯に 残るはず


今晩最後の 晩餐会
ノンをちぎって 分け合おう
別れることは 辛いけど
仕方がないんだ 俺のため


健康イベント こき使われた
朝からカレーで 胃が重かった
この借り いつかは返してもらう
日本で必ず 返してもらう


社会復帰に 一念発起
就活 婚活 前途多難
会いたい気持ちが 募ったら
いつかまた来る その時までは
ダ・スヴェダーニャ


クルシグンチェ

新隊員たち もうすぐ来るから
自分の経験 伝えていくんだ
互いの未熟さ 補い合うんだ
この国来たとき 思い出すんだ
会いたい気持ちが 募ったら
いつかまた来る その時までは
ダ・スベダーニャ!!


クルシグンチェ! ダ・スベダーニャ!!
(全員で)
クルシグンチェ! ダ・スベダーニャ!!
(全員で)
クルシグンチェ!!! YO!!!!!(終わり)
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6月20日をもって、派遣1年目を迎える我ら22年度1次隊の中間報告会。
そして、2年間の任期を終える21年度1次隊の先輩隊員の帰国報告会が行われた。

中間報告9名、帰国報告2名。1日かけての大イベント。
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司会進行は自分達でということで、PCトラブルありながらだったけど
時間ロスも修正できたし、無難に終わったほうではないだろうか。


1ヶ月前に配布された日程で、自分は午前の最後、一番眠い時間ということが判明。
プレゼンも得意じゃないし、メディカルチームミーティングの準備も同時進行。
面白いことも話せないし、練習する余裕もないなぁと思って、
音楽や写真とともにビデオにまとめてしまうことに。
作るのは時間がかかったけど、当日流すだけ(笑)
一応、1人15分(発表12分、質疑応答3分)という時間だけ決まっていて
内容は自由だから…
最終報告はしっかりしゃべろうと思う。しゃべれるだけのことをしたいなと思う。
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自分の日記や記録を見返し、季節ごとに気持ちの変化をまとめた。
活動というより、生活にふりまわされてた1年間。
首都出張の直前に、活動で行き詰まってたのもあり
報告会でビデオを流しながら、もう一度がんばろうと思えるだろうかと
他人事のように見ていた。
負けず嫌いで、自己犠牲的で、生真面目っていう性格もあるけど…
率直に自分の気持ちの変化を綴ると、苦境に耐えて奮闘しているように映ったみたいだ。

報告会後、所長に、あのビデオを見てがんばろうって思ったよと言われ
ちょっとびっくりした。

他の同期隊員のプレゼンは本当に面白かった。
それぞれ壁にぶち当たりながらも乗り越え乗り越え 迎えた1年目。
たくさん話をしてきたはずなのに、知らなかった一面も見えて
ちょっと感動もした。
課題はたくさんあるけど、泣いても笑ってもあと1年。
活動をどう修正していくか模索中。
みんな同じなようで同じじゃない。
駒ヶ根訓練の時から一緒だった同期のそれぞれの個性も垣間見え、
頼もしさも感じた報告会。

同期といってもシニアボランティアのKさん。
日本での教員経験、そして人生経験から豊富な知識を持っておられる。
若造8人と一緒にいながらも、謙虚で寛容でかつおちゃめなKさん。
いろいろアドバイスはいただいても、活動について話を聞いたのは今回初めて。
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ウズの大学でどんなことを教えているのかあまり知らなかった。
今回、ウズの民法について調査結果なども発表してくださり、とても勉強になった。

やっぱり報告会は面白い。

この報告会、JICAとしては強制ではないので、各国の在外事務所の判断で行われる。
実施されない、参加が強制でない、首都派遣隊員だけ、SVとJOCVが別々…
などなど国によって様々な形態があるらしいが、
ウズは地方も首都も全員隊員が集まり、SVもJOCVも一緒に行われる。
まとまりやすい人数っていうのもあるけど、こういう事務所の方針もいいと思う。
しょっちゅう首都にあがりたいわけじゃないけど
他の隊員の活動の様子を知れたり、交流を深めることで、絆も深まる。
たった2年の任期だし、ここに来ないと出会えなかった人たちだから
たくさん話をして勉強したい。吸収したい。
そういう機会になって、とても楽しい。

なのに引っ込み思案で人見知りなので、なかなか話が出来てない人も半分くらい。
3ヶ月に1度じゃね…

つづく。。。

やってきましたタシケント!
ここはホントに途上国?
涼しいクーラー 熱いシャワー
きれいな街並み おいしいご飯
ウズ人からも 田舎もん扱い(字あまり)
だってなまっているんだもん
人が多すぎ目がまわるぅ♪

なんでこんなノリノリなのかっていうのは追々説明するとして・・・


1週間まともに寝てない最後のとどめでお腹をやられ
白い顔をして上京

1日目、2日目は医療隊員部会。
通称UZメディカルチームミーティング。

ウズベキスタンに派遣されている保健医療系の隊員はある程度人数がいるので
医療隊員部会が編成されている。
職種は看護師、保健師、助産師、理学療法士。現在9名。新隊員も増える予定。

それぞれ要請内容も派遣場所も違うけど、ウズベキスタンの医療事情を把握し情報交換をするために
3ヶ月に1回集まっている。
今までは全員が集まる機会なので、保健省への訪問・活動報告を中心にしてきたけど、
活動での悩み相談やチームでできる活動はないか模索している。
今回6回目を迎えたメディカルチームミーティング。
チームの組織化、今後の方向性を話合った。

あと、専門用語の辞書作り。
医療隊員の壁の1つ、専門用語。
今まで紙の日露辞書しかなかった。それを分担してデータ化。
それから、日常的に使用するウズ・ロシア語の専門用語辞書を独自で作成予定。
後輩隊員のためにも、自分達のためにも。

ウズでは先輩隊員が1人、同期が1人、あとは後輩隊員となるわけだけども
看護経験でいえば大先輩ばかりのメンバー。
話を聞くと勉強になる。
前回とメンバーが変わらなかったのもあり、気さくに話ができた。

活動において、職種は違えど医療隊員の悩みは共通している。
ずっと変わらない。
それは、国の体制とかも関係している。
それでも、あきらめずに地道にみんながんばってる。

2日間にわたって行われるメディカルチームミーティング。
今後も盛り上がること間違いなし。
先輩から引継ぎ、次回からチームリーダーを努める。
ま、別に気負うことではないけど、地方でくさってる場合じゃない。

自分の活動がうまくいかなくてもメディカルチームのために何かできる。
メディカルチームのメンバーがいれば解決の糸口が見つかる。
そんな最高のチームにしていきたい
先週末、引越し先が無事決定!
同期と先輩に手伝ってもらって荷物を運び、部屋を掃除しました。
前に住んでた人が夜逃げみたく出て行ったので、荷物がそのまま…
これを片付けてもらって契約完了(あと、事務所の指示で窓に鍵つけてもらう)

大家から音沙汰ないけど、明日から首都いきまっせ。


引越し作業後は、同期マーキーのホームステイ先の三男の誕生日のお祝い。
さらに田舎へ・・・
主役の本人は恥ずかしがって顔を見せなかったけど。

家で一通りメインまで食事をいただいた後、
顔を出した親戚の人に連れられレストランへ!
お腹いっぱいですよーって言っても無駄ですよー。

ウォッカにウォッカにウォッカに鳥の丸焼き(==;)
酒に強くなれないらしく、いつもと同じ量飲んだら立てなくなりました。
若干記憶もない。噴水で寝たなー。抱えて帰ってもらったなー。
日本じゃ絶対しなかった失態。
それでも無事なのは、ちゃんと傍に誰かが付き添ってくれてたから。
みなさん、ホントにありがとう。

主役の三男マンスールとまともに話をしたのは2日目のこと。
両親ともロシアに出稼ぎに行っており、さみしさも強いと思われる。
最初に会った時のような無邪気さがなくなってしまって心配してたけど
我らウルゲンチ隊からそれぞれプレゼントを渡すと、表情が和らいだ。
そうは言っても小学2年生。
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やっぱプレゼントは嬉しいよね

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君の笑顔が好きですよ。


新居を片付けたり、中間報告の準備をしたり…
その他いろいろで先週末からほとんど寝てない。

あくびをしつつ、こき使われつつやっと今日が終わった。

首都に行く準備をして、ご飯を食べて、今から中間報告の最終調整。
あと、会議の準備。

明日寝坊しませんように。


今週に入って、医者も看護師達も師長さんも自分もイライラしてた。

暑いのもあるけど…

外科病棟に患者がありえないくらい入院してるから。
集団食中毒…ならぬ集団虫垂炎、または集団胆嚢炎か!というくらい。
夜勤帯で入院10人とか、日勤で手術8人とか。
ベッドが足りなくて、処置室のベンチや医者の仮眠用のソファーを使うくらい。
かと思ったら、一気に3部屋空になるくらい退院したりする。

そんな中、明日また監査がくるそうだ。

掃除やなんやで病棟内のギスギスしてること!

自分は暑いのと寝不足なのを差し引いても
いつもと同じように仕事をこなして、やれっていわれたことはやるし
今まで注意してきたことは同じように注意するし、
新たに気になることは注意する。

でも、看護師がめちゃ反抗的な態度とったり
日本とは違うからってすませられたり。
膿盆消毒したいからアルコールちょうだいって言うと
病院内にアルコールがないの!とキレられるし。
かと思えば、午後になれば疲れが隠せないのか
点滴終わってるよって伝えるだけでも不機嫌な顔をされる。

となると、自分もイライラする。

忙しかったら床に汚い物捨ててもいいの!?
患者さんのケアしなくていいの!?
物がないって、工夫もしてないじゃん
ってもやもやが溜まる。


昨日の話。

あれほど下の医者には何度も床に捨てないで言ってきてて、
目の前に膿盆を差し出したのにも関わらず、
一番偉い医者が当然のように床にガーゼ捨てたんで
舌打ちがでた。

ウズ人の「No」を表現する舌打ちとは違う。すごい嫌悪感がこもった。

びっくりしたのか、その後、その医者は会う度に「調子はどうか、元気か」と
声をかけてはくれた。

怒ってる理由は分かんないんだろうけど
話を膨らませる気持ちは失せ、なるべく顔を合わせないように。

他のいろんなことの積み重ねもあり…
別にこの病院にボランティアとかいらねーんじゃないの
って思いが強くなっており、
昨日、ウズ人に対し完全にシャッターを閉めてしまった。

今日、同じく目の前でゴミを捨てられたもんで、その瞬間手伝いをやめた。

すると「元気か?仕事大変か?」と、不安げな声。

「元気ですけど悲しいですよ。
あなたが床に物を捨てるから」

そういえば、今までこの医者には強く言えなかったし…思いっきり不満げに伝えた。
ノーコメントだったし、どうせ伝わってないなと思った。

消毒が終わった患者さんの服とか調えて
次の病室の消毒に追いかけて行った時、なんと床に捨てずに待っている…
一番偉い医者が…
そして
「お前のこと、ちゃんと尊敬している。だから悲しませたくないんだ」
と言われた。
びっくり。この医者からありえない台詞。びっくり…

とりあえず、医者に対するイライラはおさまった。びっくりしすぎて。
今日だけかもしれないけど。でも、ちゃんと敬意を示してくれた医者に対し、
自分も敬意を示さないとなと思った。


それはそれ。


「疲れてるの。だからお願い」って言えば、自分が手伝うって思ってるから
看護師は頼むだけ頼んでくる。
それが嫌になって…
というか、イライラがピークに達したのに、言葉にできないもどかしさで
赤ちゃんみたいにムキーッてなりそうだったので
他の病棟に逃げたりしてた。

もちろん外科でいつもの仕事が終わったら、だけど。
医者に怒ったり、雑談は一切せずそそくさと他の病棟に行くなど
あまりにいつもと様子が違うので、師長さんも気になったよう。

今日、ウズ的挨拶「仕事どう?」って声をかけられたので、話を切り出した。
自分の後任を要請するかどうかの相談を事務所からもされてて、
ボランティアに何を期待してるのかも聞きたかったのもあり
積もり積もったものを吐き出した。

別に看護師を否定したわけじゃないけど、
自分の病棟の看護師を庇いたい師長もいろいろ主張してきた。
本音がでたんじゃないか。若干キレてたから。

日本との給料や環境の違いを引き合いにだされたので、
物価が違うので比べないでほしいということと、
ウズの環境にあったやり方を考えたいと思って働いていることを伝え
最終的には和解。

まぁ、自分にとっては夏だろうが冬だろうが業務内容に変わりはない。
春は庭仕事が増えて、8月は師長が夏休みで、秋はパフタが始まるなー
って感じで、セミナーやるならいつがいいかとかは考えるけど
病棟での仕事は変わりない。
でも…。いや、だからこそ
温かくなって病院の外の仕事が増えただけでなく、
この街の大改修が始まったことでますます看護師に負担がかかってる現状を
(毎朝バスが迎えに来て、夜勤の看護師と看護助手は街の建物修繕作業の手伝いに行く)
自分は親身になっては考えれていなかったんだと思う。

どっちにしても、看護師のイライラを受け止めるほどの余裕はないがね。
よく考えたら、日本でも忙しかったらイライラすることあったし。
病棟の仕事だけみたら、全然忙しくないじゃん!
って思ってたけど、彼女達にとってはピークを超えてて、
病棟外の仕事があるんだったね。
ということで、看護師のイライラを受け流したらいいんだなと気づいた1日。

なんと無駄に過ごした3日間。早く話しあえばよかったよ。

和解後に師長さんと一致した意見は
外科病棟にボランティアはいるけど
ウズベキスタンには要らない。

短期で日本に出稼ぎにいけるように教育したり受け入れるプログラムでも
作ったほうが、よっぽどいいんじゃないかと。


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