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(2012.5.12記)
1ヶ月後の今日はいよいよ地方隊員引き上げの日。

ウルゲンチを離れる日です。

なんてしみじみと感じる暇はなく・・・

扁桃腺ががっつり腫れて、久々に高熱が2日間でました。それも旅行中に。

38度39度出ても寝込んだことはあまりなく、目的は遂げるオゾダです。

ま、1週間、ハードな旅行をしていたんでね(゚∀゚)

その最後だったんで、まあ仕方ない。


それではハードな旅行の序章から。


アラル海

ウズベキスタンは、世界ただ2つの二重内陸国と言われています。

海にでるために2つ以上の国を通らなければいけないっていう

最も海から遠い国なんです。

そんなウズベキスタンですが『アラル海』と呼ばれる塩湖があります。

正確には隣国カザフスタンとの境界に位置しています。

世界第4位の大きさを誇っていた時代もあるそうです。

1960年代には琵琶湖の100倍の面積があったという…
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アラル海は水の流出口がなく、アムダリョー・シルダリョーというふたつの大河が流れ込んでいます。
(ウズ語で川は【ダリョーДарё/daryo】)

シルダリョーは天山山脈からフェルガナ・タシケントなど東側を通りカザフスタンを抜けて、

アムダリョーはアフガニスタン・パキスタンから西側カラカルパクスタンやホラズム地方を通って

中央アジアの国々を潤していた川です。

その2つの大河の水量が減ったことにより、湖の水位が下がりどんどん縮小しているのです。
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2009年には完全に分離してしまっています。
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このひとつの湖の消失は、地球にも人間にも多大なダメージを与えています。

気温の上昇、乾燥、供給される水の塩分濃度上昇。

それらがヒトに何をもたらすかというと、

舞い上がる塩分を含んだ砂を吸入することによる呼吸器の病気、

塩分濃度の高い水を摂取し続けることによる、腎疾患、血圧への影響…

ウズベキスタン西側の健康問題の一つでもあります。


私は恥ずかしながら、ウズベキスタンに赴任して初めてこの環境問題の事実を知りました。

しかも、アラル海の縮小は人的自然破壊なのです。


アラル海縮小は20世紀最大の環境破壊と言われています。

冷戦真っただ中のスターリンの時代に、旧ソ連は

『西側諸国に頼らない生産力を得ること』『社会主義の強さをアピールすること』

などを理由に、「自然改造計画」として農地開拓を行いました。

科学万能主義が【科学は自然を凌駕する】という間違った解釈に…

2つの運河に水路が作られ、灌漑用水として使用。

年間降水量が200mm以下の乾燥地域に広大な農地をつくりました。

今や児童労働の問題ともなっている綿花栽培もこのときの計画の一部で始まったようです。

農地を維持するためには運河からの水を頼るしかありません。

こうして2つの運河から流れ込む水が減少し、結果的にアラル海の水位が下がったのです。


ウズベキスタン・ホラズム地方に住んでいて、水不足は痛感させられています。

そして、綿花栽培が人々に与えている影響も…

ここに来て、現地の人と同じ生活をして初めて知ることができた自然破壊の影響。

帰国前に、アラル海の現実を見ておきたいと思って、同期・同任地隊員と行ってきました。




ホラズム地方からカラカルパクスタン自治区の首都ヌクスまで車で2時間。

ヌクスから湖の水の見えるところまでは8時間くらいでしょうか。

延々と砂漠を通るので専用の車を出してもらわないといけません。

そして、電波も食糧も水もないところなので、できれば2台以上の車で行くことを

おすすめします。



長くなるので続きます。
孤児院見学後、ウルゲンチ隊で世界遺産 ヒヴァ・イチャンカラ遺跡へ。

仕事終わりに行ける気軽さなので、普段は泊まることはないんだけど

残り2ヶ月のウズベキスタン生活の思い出作りに、みんなでB&Bに泊まってきました。


ヨーロッパではウズベキスタンは中東・中央アジアの中で一番人気な旅行スポット。

ちょうど今の時期にパリ-ウズ地方空港の直行便が出るほど観光客が増えます。

それとともに、ウズ国内からも、修学旅行とか国の歴史などの学習のため

マクタブ(小・中学校)の子供、警察官・自衛隊の若者集団が訪れます。
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・・・

ということで、普段平日やオフシーズンに来てるものだから、

こんなにワンサカ人にあふれたイチャンカラは初めてでした。
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アンディジャンからだっけな?おそろいのドゥッピと呼ばれる帽子をかぶったおじちゃんたち。

2日間で、何組に声かけられただろう…一緒に写真撮ってって。
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短距離走の選手。試合後の観光だったらしい。

2日目は特に子供が多く、軽くパンダ状態でした。うちら。

ウズ語がしゃべれる日本人なんてね・・・


なんせ多動人物が多いもんで(笑)

みんなで行動してると、絶対1回や2回誰かが発する言葉。

『クラ、どこ??』

分かってるんやけど、今回も思わず聞いてしまったのは私。

ウォーリー改め、クラを探せ!!
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ま、すぐ見つかるんだけどね。目立つから。


次に多い質問。

『え??あけみん、どこ行った??』

『あ、おった』 
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たいてい後にいます。

そして、あけみんのカメラにはこの手の写真が数多く残されます。
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ウズ隊員の中でおそらく最も足の早い部類のオゾダ、クラがサクサク歩くしね(笑)

いつも背中見せてるんだなぁ。


多動NO.3はこちら。いつもどこからか子供を拾ってきよる。
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ちょっとデカなった?
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え、うち??

うちはアイス食ってるか、写真撮ってるか、撮られてるか(~_~;)
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多動がこんなに集まるもんで、やっぱりJUMPしたくなります。
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夕日に沈むイチャンカラはホントにヤバイ。写真じゃ伝わんない。


。。。あ、唯一『無動』のヒトがいました。

お父さんことマーキーは、春休みのウズ国内1人旅&孤児院での折り紙教室で

「疲れた」とのことで、このときは休憩中。

でも、あんまりウロチョロしないのに、ウズ人に混ざって見つからん時が多い(笑)
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時々、電話で呼び出します。

うまくバランスがとれているのかいないのか…これがカラフルなウルゲンチ隊です

今回、全員の最高の笑顔をgetしました。
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残り少ないウズでの生活を、もっと記憶に残るものにしたいです。


ネタはこのくらいにして・・・

イチャンカラの夕日と朝日、そして子供の写真でこの旅の記録をしめくくります。
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2012.04.07 ヒヴァ孤児院
KOICAとの交流が深まり、一番仲のよいヴィクトリア(ニックネーム)の

配属先を見せてもらえることになりました。

彼女は、韓国で小学校の先生をしていたけど、同時期にボランティアで行っていた

孤児院での活動を通して、自分はこのような施設で生活する子供と関わることを専門にしたいと思い

カナダに語学留学して英語力をアップし、この度1月からウズに赴任しました。

最初に見つけた家に結局住めず(過去記事参照。結局ダメになりました。)

2ヶ月近くホテル暮らしをしてたけど、先日無事に引越し完了。

5部屋のゴージャスルームだそうです。マラディエッツ!


さてヴィクトリアの活動先はヒヴァ☆彡

ウルゲンチから週3回通って、孤児院の子供に韓国語を教えています。
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ヴィクトリアは2代目の韓国語の先生。

初代はこの施設創設の関係者の中で韓国語をしゃべれる人が教えていたそう(韓国人じゃない)


我々ウルゲンチ隊が訪問すると、こどもたちはみんな

アニョハセヨー、アニョハセヨー

まさかヴィクトリアが日本人連れてくるなんて思わんでしょうしね(~_~;)


子供は男女混合、年代別に20人前後で1グループになっていて、全部で9グループ。

コの字型2階建ての施設、グループ毎に固まって居室が割り当てられています。

居室は男女別で4人~6人部屋が普通っぽい。

私の部屋!
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ベットと机とタンスが1人1つずつあてがわれているようでした。

質はすごくいい!

他の設備としては、グランド、自習や授業用の教室、談話スペース(テレビあり)
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と、なんだか駒ヶ根訓練所を思い出しました。

ちなみにこちらパソコンルーム。めっちゃ充実しててキレイでした~。
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ヴィクトリアの授業用に1つ教室がありました。

ここで、週3回、1時間ずつ2クラス(全部で15人弱)の子供に授業をしているそう。

初心者のクラスも文字がかけます。
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今回は、我々のために、初心者・中級者一緒に集めてくれました。

授業が始まる数分前から音楽を流して子供の興味をひいて授業モードに切り替えさせ、

初めにみんなでダンス
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9歳から13歳と、少し大きめの子供たちなんだけど、みんな楽しそう。そして可愛い!

授業初めて2ヶ月。語学力もまだまだで…とは言っていたけど、

さすが元小学校の先生。ヴィクトリアの子供の引きつけ方はやはりプロでした。


それから、本日の特別授業について説明。
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全員がまず、韓国語で自己紹介。

毎回思うんだけど、自己紹介で名前が覚えられることはまずないです。

お互いに。

でも、この自己紹介の習慣って、どの国でもあるんですよね。

ごく自然に、我々も前にたって自己紹介し、ヴィクトリアも子供に自己紹介を促し

なにも言われなくても、1人ずつ順番に立って名前を言って座る。

すごく当たり前の光景のようなんだけど、あまりに秩序が保たれていて、

この自己紹介の時間が印象に残ってしまいました。

名前を覚えることが目的じゃなく、その場にいる1人1人の顔を見る機会なんだなと。

シャワットの学校と違って、子供がわぁーっと集まってくる感じはありませんでした。

門をくぐった時から、挨拶はしてくれて視線は常に浴びるけど、一歩距離を置いてる子供が多い。

写真は嫌がらないけど、見せてミセテーと群がることはない。

訪問者慣れしてるんだろうなという印象。

そんなおとなしい子供たちだったけど、やはりこのとき初めて1人1人の顔を見ました。


そう、この施設は『孤児院』。

ウズでは、兄弟が多かったり、両親が出稼ぎに行ったりなどで施設にいる子が多いです。

孤児院のほうが設備も教育もしっかりしてるし、少しお金がある家庭は、安易にあずけるそうです。

日本でボランティアで行ってた地元の孤児院は建物もボロくて、

入所してる子供の事情も様々複雑で、やはり一歩構えてしまうところがありましたが

この施設は、保育園の延長、全寮制の学校のイメージが近いように思いました。

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さて、ゲストとして招かれた我々は、1時間、日本文化の紹介をすることに。

ほんと一言ふたこと打ち合わせしたのみ。折り紙でいい?それだけ(笑)

マラディエッツ正樹に丸なげ(~_~;)

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さすが、こちらも学校隊員。

その場の雰囲気で、ネタを『ぴょんぴょんカエル』と『ぱくぱくカラス』に決定。

タルジマチもも(通訳。でも途中から撮影係)を従えておりがみ教室を開始。
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その他3名(あけみん、クラ、オゾダ)もサポートに回る。
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この辺、打ち合わせ全くなしで役割分担できるんも、ウルゲンチ隊のいいとこ。


子供たちも集中して、楽しんで参加してくれました。

折り紙って、個性が強く出る作業だと思いました。

1人1人の子供とじっくり関わることで、特徴を見つけることもでき、

作品も手元に残り、飾るだけでなく遊ぶこともできる(動くやつなんで)

折り紙ってホントにいい文化だなぁと思います。
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子供達の笑顔がなによりですね。

病院でも泣きわめいてる子供がいると、そのへんの紙で折り紙してみせるんですが、

なんせ本を見ずにとっさに折れるのが鶴のみ・・・(-_-;)

子供ウケはよくありません(笑)親や看護師は喜ぶけどね。

とっさに折る分にはカエルは難しいけど、カラスは覚えてみようかなと思いました。

ありがとう、マーキー!


最後にみんなで記念撮影
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この施設、朝鮮系ウズ人がディレクターです。

ホラズム州にある、学校・病院の中で一番キレイやと思いました。

どのようなバックグラウンドで設立・運営されているか詳細は聞けませんでしたが、

ディレクターは訪問者に必ず金銭を要求するとのこと。

運営に共感できれば寄付も考えられますが、最初の訪問でお金を要求するのは何か違うよね…

と、訪問歴のある他のKOICAメンバーとも話してました。

それを配慮して、ヴィクトリアが訪問調整してくれました。

子供たちに直接渡せるように、遊び道具やお菓子を用意していきましたが、

子供たちには何も要求されなかったので、後でこっそり保育係に渡して帰りました。


帰るときに廊下でディレクターと出くわしたので挨拶しましたが、

寄付をしなかったのでいい顔をされませんでした。

ヴィクトリアは、同じボランティアでウズに来ていて今日は特別に授業をしたんだと

説明してくれましたが…そんなこと管理者には関係ないのかもしれませんね。

でも、こういう孤児院のディレクターはウズでも特殊な方らしいです。

KOICAから、この施設にPC隊員も派遣されていてPCルームを見るときに挨拶もしました。

ホラズム隊員はこれでJICAもKOICAも全員顔合わせできたかな。

でも、ヴィクトリアはPC隊員とまだ3回くらいしか話したことがないらしいです。

こちらもいろいろ事情があるようで…


管理者や他の隊員との関係も難しいでしょうね。

配属先の事情に共感できる部分もあり、また我々の知らない裏の事情もあると思うので

もっと子供と関わる時間はほしかったですが、早めに退散しました。

言葉で十分にコミュ二ケーションできない分、ヴィクトリアの表情とかで雰囲気察して。

彼女のフィールドだから、純粋にこの訪問時間を対子供では考えていませんでした。

でもKOICAの活動や配属先のことを少しでも知ることができてよかったです。



お金ではなく私たちが子供たちにあげられるものはたくさんあるよね

ってことは6人全員のなかで共通してたと思います。

子供にはいつでもどこでも笑顔でいてほしいね。


みんな、貴重な1日をありがとう。


ブハラと言えば・・・かれこれ通算7回目?8回目?

ブハラーウルゲンチ間のタクシー移動、一番多い隊員だと思います。

この移動がなければ、ブハラは一番好きな街!

でも残念ながら、まだ気軽に行けるヒヴァが一番だなぁ(笑)



ということで、今回は出会った【ヒト】に焦点を当てた旅記録を。


新市街から旧市街に入って、池のとこ。

路地を少し入るとシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)

ブハラには300人ほどの信者がいるそう。
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シナゴーグのある路地に入るとこにある人形工房。

人形使いのおっちゃん。
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人形のショーを見せてくれます。表情がいいね。

と、その弟子。
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この人形が、そのへんの古紙でできているとは知りませんでした(笑)


2番タキ(交差点)を抜けると開けた通りに出ます。

スパイス屋のおっちゃん。
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彼の調合したカレースパイスは絶品です!

あと、スパイスティーのお店もおっちゃんの。クォリティーが高い。
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ブハラに行った際はぜひ寄ってください。

お代わり自由、お菓子付きで1杯11000スム(330円)


毎回声をかけてくれるスザニ屋のおばちゃん。

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会うたびに、また後で見にくるねといって、戻った確率40%。

まあまあ質のいいスザニが、割と手頃に手に入る店だけど、

もう少しゆっくり見たいんです。ちょっとせわしないおばちゃん。


2番タキから3番タキの間は、特に目移りするようなお土産屋が多い。

ピンバッチ。旧ソ連時代のもの。全部コレクションしたい!
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3人おソロで、モスクワオリンピックのキャラバッチを買いました。

ピアス。
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ブハラのピアスは日本人好みのものが多いのでは。今回はこれも目的の1つ。


おまけ
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ブハラのガキンチョたち。



場所をうつしまして、キャラバンバザールへ。

旧市街からダマスで500スム。ウルゲンチ行きのタクシーが出てるバザールです。

お目当てはアトラス柄の布。
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アトラスは絹100%の伝統的な布ですが、光沢がありすぎて、1枚あれば十分。

また、綿が混ざってるアドラスも売っています。こっちがほしくて。

ウルゲンチより、安くて種類もいっぱい。

今回の戦利品。
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こちらの布、1Mで4500スム。10M分買ったので45000スム(1500円弱)

ついでに、ウルゲンチにスニーカー売ってないので探していると、かわいいの見つけた。
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65000スムを58000スムで(1700円ちょっと)


さて、買い物と出会ったヒトの記録は終わりです。


毎回来る度に旧市街の写真を撮るけど、どれひとつとして同じものはない。
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その時、その時で違う建物、ヒト、景色。

今回は風が強かったけど、砂埃にかすむブハラの街もなかなかよかった。

お題を決めて、雰囲気のある写真を撮ったり。

でも、これ、一番好きやわ!きれいに撮ってくれてありがとうJO☆彡
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暴風雨の中、ボロボロの観覧車に乗ってキャーキャーさけんでみたり(笑)
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JUMPしてみたり
ブハラでJUMP


マジ笑いの絶えない3日間でした。ありがとう!
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今回の旅友。
雨上がりのちょっと蒸し暑いブハラ。

暑かった…春通りこして夏やった。

JOと合流。
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まずブハラ名物 鳥ソムサを食らう。withコーラ。
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満足したので、旧市街にワープ
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お土産やをひやかして、ヤフシなカフェへ。
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ここのスパイスティーとお菓子で和む。

JOは仕事に戻り、あけみんと二人でバザールへ。

買い物についてはまた後日。



夜は、待ち望んでいたメフモンと会う。ブハラまで足をのばした目的。

バー”ペリカン”で。

1年前に帰国した先輩隊員達。マジ嬉しい!!

でも、忘れてた・・・この隊次、酒豪の集まり(-_-;)

風邪ひいてるから、ビールじゃなくてワインを飲もう…

から始まり、ワインは甘いからコニャック。

コニャックよりアルコール度数下がると二日酔いするからウォッカ。

ウォッカ、ウォッカ…

よくわからんけど、めっちゃ楽しかった!
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アイスもメチャうまかった!!
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そして、連れのウズ人以外全員潰れる。

なんとかたどりついたJOの家で全員爆睡しはじめて、連れのウズ人が

『どうしよう。みんな寝ちゃったよー。
 タクシー見つからなかったらもう一本ウォッカ買ってこようかな。飲むでしょ?』

と言われ、周りを見回して、自分に言われたことに気づく・・・

んで自分が一番普通なことに気づいた。

なんで!?一番弱いはずなのに・・・Σ(゚д゚lll)

さっきまでグルグルしてたのに\(◎o◎)/!


理性が勝ったのか、本能で立っていたのか…

私には、このウズ人の相手は無理です!神様!!!!!


でも神様は私の味方。

無事タクシーが見つかって、フラフラの2人を車にのせてゲロ袋渡して(笑)
ウズでは旅行者は滞在証明を出してくれるホテルかB&Bしか泊まれないの

ここだけの話、楽しソーに袋もってキャッキャ言ってましたけど(笑)


嵐のようなメフモンでしたな・・・

急に静かになって、ものすごく寂しくなりました。


酔っぱらいオゾダはそれから翌日の朝食と昼食の準備を。

なんか、料理したい気分になって。無心に…

もう一人、上の部屋でウンウン言ってた酔っぱらいアミーゴさん(もう一人のブハラ隊員)

が心配で、ドアの前まで行ってみたけど(家が上下)

I can't stund up! Keyin boraman.

と英語とウズ語で言われたので、You can stund up! keling!! と返してみた(笑)

私もたいがい酔っぱらいだった。

真夜中に変な日本人が変な英語とウズ語を喋ってたと噂が流れたんではないか(_Д_)

途中で諦めてJOの部屋に戻ったけど。

そんで米を研いでから寝たらしい。



翌日、おいしい味噌汁とご飯を食べて、出発。

おべんと持って!

でも砂埃が強くて、またもや昨日のカフェに。持ち込みOK!ヤフシ!!
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大好き唐揚げ~☆彡
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おむすびー


いっぱい歩いたら、アイスが食べたくなって、またペリカンバーに。
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夜はタバカ(鳥の丸焼き)とサラダでおうちご飯。
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鳥とアイスとスパイスティーで満たされました、2日間(#^.^#)

大満足!
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