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あきらめない。あきらめたくない。

逃げない。逃げたくない。

どんなにしんどくても、もう一度がんばってみようって・・・

絶対絶対無理だって思っても、やるだけやってみようって・・・

そうやって前に前に進んできたつもり。

熱くなりすぎるのも割に合わないな、と思うこともあるし

そりゃ愚痴もでるし凹むし投げ出したくもなるけど

それでも前に前に進んできたつもり。


それって大事なことなんだな、間違ってないんだなと心から思った。


≪ウズベキスタン・ウルゲンチで闘う看護師さん≫である我々は

きっと1つの扉にたどり着いたように思う。

青少年育成のためじゃなくて、外交のためじゃなくて

『ウルゲンチの小さな病院の看護の質の向上』へ向かう扉。



昨日、先輩隊員の最後のセミナーが開かれた。

先輩が1人で全病棟対象に開くセミナーは最初で最後。

資料印刷とか配布とか、そんな小さなことしか手伝えなかったけど

たった2週間という準備期間、そして帰国準備と並行して

あれだけのものを作り上げた先輩を本当に尊敬する。

5回セットのセミナーの第1回目。

日本語で日本人に教えるのも難しいテーマ。

参加した各病棟のリーダーNs、そして管理職からは質問が飛び交い

意見が飛び交い・・・

セミナー会場はものすごく活気のある空間になった。


半年差で赴任し、1年半という活動の4分の3の期間を同じ病院で共にした。

病院から2人に与えられる仕事はたくさんあったけど、こちらの提案は通らない。

ものすごくレベルの低いところから教えて変えていく必要があったけど

学生扱いされてばかりで、医者にも看護師にも聞く耳も持ってもらえなかった。

唯一日本のことを知っている看護部長が退職し、

代理の部長と信頼関係が築けないまま、半年経過。

コントロールだけしたがる強権的・高圧的な管理職。

悔しい思いをたくさんたくさんして、

もうこんな病院にボランティアなんて必要ないよ!って憤った。

こんな扱いをされて、2年間も耐えられないよって。



それでもそれぞれの病棟で地道に築いてきた人間関係

コツコツ準備してきたセミナーの教材

必死で食らいついて身に付けてきた語学力

そういった努力の全部が実って、やっと病院にボランティアの能力が認められた。

それが先月の話。

代理看護部長の意識が180度変わった気がする。

半年越しで開催できたセミナーが認められ、新しいテーマを与えられた。

その第1回目が大成功だった。

管理職と一緒にがんばっていけそうな雰囲気になった気がする。


自分が赴任するまでの半年も積み上げてきたものがたくさんあると思う。

だから、ここまでの全てを先輩と2人で築き上げたつもりはないけど、

自分も新規隊員として、(そして中途半端に)後輩隊員として、

先輩隊員が開いた道を均すくらいのことは一緒にできたんじゃないかと思っている。

負けず嫌いな2人だからこそ、できたんじゃないかと思っている。


その長かった1年半のことを思い出して、先輩のセミナーを聞きながら

胸が熱くなった。

先輩の2年間も終わる。本当にすごいなと。それ以上の言葉が見つからない。

そして管理職から提示されたテーマ、あと4回分を引き継がなければいけない。

今回特に光ったのは、先輩の稀にみる語学センス。

正直その半分にも及ばない自分は、かなりレベルの低い講義をしなきゃいけないんだと

それも想像して緊張感が抜けなかった。


まずは来月にせまっている、第2回目のセミナー。

全病棟対象には自分にとっても初めての1人でのセミナー。

自信もって開催できるようにしっかり準備したい。


そして、今度は先輩の後任隊員さんと、均した道をコンクリートで固められるように。

途中まででもいいから、壊れない道を作って帰りたい。

あとはきっと後任隊員さんたちが続いていってくれる。

それを信じて。


あきらめかけて、凹んでくさった時期もあったけど

もう一度踏ん張ってよかったなと、まだできることはあるなと

そう心から思った。


新規隊員の役割と苦労を身にしみて感じた。

やっと分かった自分の役割が。

でもこれでいい。これでよかったと思う。

あと半年後にそう言えるように、もうひと踏ん張り。
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