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2011.10.11 活動の話
キルギス旅行記を少しお休みして、活動の話。



結局1ヶ月の長期休暇という形になってしまったが、今週から再出勤している。

ドクターも看護師も、飛び上がってと言っても過言ではないほど喜んで迎えてくれた。

いてもいなくても、業務にはなんら支障がないと思うが、こんな日本人でも

日々の仕事の張り合いのひとつとして温かく受け入れてくれていることには感謝したい。



パフタ摘み取り労働のため、スタッフの数も患者の数も少ない。

ところがいきなり急変にあたってしまった。


朝一でICUから受け入れた手術後の80代の患者さんが、

午後のオムツ交換中に意識がなくなり、すぐICUに戻したけどそのまま亡くなってしまった。

というか、意識がなくなった時点で、呼吸は正常ではなかったし、血圧も測れなかった。


痴呆のある人だったので、元の意識レベルが分からない。

病棟で家族もずっと付き添っていて、本人は病棟にうつってすぐに爆睡してたから、

時々様子みる程度で、あまり積極的に話しかけなかった。


オムツ交換に呼ばれたときに、泡を吹いていて、変な呼吸をしていた。

ICUから病棟に転棟してきた時は、目線は合った気がするし、何かしゃべってた。

だから、この意識レベルはおかしくない?呼吸変じゃない?って言ったけど、

看護師も家族もいつからこうなのかって分かってなくて…自分の質問にピンと来ない様子。

血圧変動を懸念してそんなに動かしたくなかったけど、マットレス交換の方法で意見が合わず、

結局サニタリカの強い指示で、新しいベットに移動させることに。かなり大掛かりな移動。

きれいにした後は、看護師もサニタリカもすぐに去ってしまった。

案の定、血圧も測りにくくなっていて、若干低下。

なんかおかしいってずっと思ってたので、家族にいろいろ質問して体を見せて、

その結果、なんかおかしいって思った家族がドクターを呼びに行った。

ICUへの移動は予測してすぐにストレッチャーを持ってきたり準備をしたけど、

ドクターの判断が遅い。迷ってる暇ないんじゃない?って状態だったのに。

モニターもないから、ずっと脈拍触知しながら付き添ってた。

もともと十二指腸・胃潰瘍の手術後の患者さん。

ICUに運んで、まず何をしたかというと、胃管を挿入して胃洗浄。

出血が見られたので、それによる血圧低下でショック状態だったんだろう。


でも…っていうか、呼吸止まりかけてますけど…脈はかれないんですけど…

昇圧剤とか指示されてるけど、投与に時間もかかり、モニターも動かない。

自分が言ってもどうせ聞いてくれないから、黙ってみてるしかなくて。

ほとんど死線期呼吸になってる頃に呼吸挿管の準備が始まった。

挿入するころには、顎が固まってたし。

すでに体がすごく冷たくて、家族の気持ちを思って、腕をさすってたら

医者が『触るな』って。

なんで?触ったから、どうなるの?触らなかったらどうなの?

モニターがついてないから分からない。

でも、大きな動脈でも脈拍触れないし、なにより体の色に生命力を感じない。

こんな時、家族が傍にいさせてもらえないってなんでなんだろう。

ICUに運んで来る時も、家族がずっと付き添ってた。

そして、ベッドに移した途端、医者に罵声を浴びせた。

『こんなになるまでお前達は全くみにきてくれなかった』

それでも、処置のなりゆきをずっと廊下で見守っていて・・・

なのに、いつの間にか外に追い出されてた。



ホント、自分の勘の低下具合にはびっくりさせられた。

なんですぐドクターに言えなかったんだろう…

なんで看護師に傍を離れないように言えなかったんだろう…

処置の方法も、何でサニタリカの意見を通してしまったんだろう。

報告のタイミングも完全に誤った。


ウズベキスタンから気持ちが離れるあまり、患者さんからも離れていた気がする。

ベッドサイドで患者さんや家族と話をする機会をつくってなかった。

だから意識レベルがどう変化したのか、すぐにピンとこなかったし、強く言えなかった。

機械に頼らず、自分の眼と耳でしっかり患者を観て、異変を感じなければいけなかった。

おそらく、これはドクターも一緒。ベットサイドには一度も来なかったから。

看護師はもう1つの担当部屋が空になったので、半日掃除をしていた。

こんな重症な患者さんだったのに。

少なくとも、自分は重症感を抱いてたのに。


でも寿命のひとつかもしれないし、積極的な治療ミスがあったわけじゃない。

早く発見できれば助かったかもしれないけど、変わらなかったかもしれない。

悪い意味だけじゃなくて、ここはウズベキスタンだから。日本じゃないから。

自分から見て、効果的な処置がなされなかったのも理由があるのかもしれない。

宗教観からか何があっても『神様が望んだから』って思える人達。

だけど、誰かに指摘されると誰かのせいにしたがること。これだけは納得いかない。


翌日の今日、朝から医者の会議に看護師も集められて、なにやら話し合いをしていた。

昨日の患者がなんで亡くなったか、なにが悪かったかを追求していた様子。

家族からのクレームがあったらしい。

問題は、ショック状態(意識レベル・血圧低下)の発見が遅れたこと。

不平を言いながら看護師たちが話していたので、会議に参加してない自分にも説明してほしいというと、

『日本人の女の子以外は全然患者を観に来なかった。だからあんなに悪くなるまで分からなかったんだ、

 って家族が言ったらしい。だから、オゾダは悪くないよ。家族もそう思ってない。
 
 それより、最初にオゾダが測ったときは血圧90だったよね?合ってるに決まってる。

 私はそれをちゃんと正しく記録したわ。ドクターがみてないからいけないのよ』

と、妙なフォローを受けるはめに。

それより、そんな信頼いらないんだけど。そこまでの責任はもつつもりないし。

受け持ちなら自分で患者の状態把握したほうがいいと思う。それが上手く伝えられない。

その後も、何度も看護師と医者との間で話題にのぼり、そのたびに

『血圧測ったのはオゾダよ。だから合ってたに決まってるじゃない。

 オムツ変えてるときに、上を向いて泡を吹いてたからおかしいと思ったわ。』

あれ、看護師もドクターに報告してたのかな?タイムラグがあったけど…

あと血圧って変動するもんなんだって知ってるんだろうか。


らちがあかないので、師長さんにも聞いた。

日本ではミスがあったと思われたら、同じことを繰り返さないよう全員で共有するから…

どういう話をしたのか、問題は何だったと思っているのかを知りたい、と。

そしたら、ドクター達がちゃんと話し合ったから全て問題ない、って内容は教えてもらえなかった。

担当の医師の観察不足が問題だったということになったらしい。

前後の処置も蘇生処置も問題はあったと思うし、看護師は何を報告すべきだったか分かったんだろうか。


とはいっても、問題解決の方法に口を出す気はない。そういう気力はない。

残ってしまった自分の中のもやもやを、こうやって吐いていくしかなくて。


誰かのせいにするのは楽だし、誰かに注意すればすむかと思うかもしれないけど、

自分だったらどうかなとか、自分は何をすべきだったかなと、それを考える過程を踏まなければ

学習されないんじゃないかなと個人的には思う。

でも、それはここでは誰も望んでなくて・・・自分が拙いウズ語で伝えようとすると

結局、誰かを責める形になったり、自分が懺悔しているだけになってしまう。

トラブルがあったときに日本語でも上手く対処できないので、こういう時は黙っておくしかない。

多少なりと自分も責任を感じているから、もやもやしただけだけでこれは自分で解消していけばいい話。

でもこういう感じのところで『改善』ってどうやっていけばいいんだろうって疑問だけ残る。

問題を見つけて共有するとこまではできたとして、

誰かのせい、何か(国)のせいにするだけじゃ解決しないしね。



『何かあなたにニュースはないですか?』

と聞くと(こっちのコミュニケーション方法のひとつ)

『パフタよ。パフタしかないわよ。』

と、師長にため息をつかれた。

希望も野望も持たずに、いろんなこと諦めたらもっと楽に生きられるかな。師長も自分も。


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