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2012.05.25 最後の鐘
ウズベキスタンの学校は9月始まり、5月終わりです。

5月25日は全国的に終了式・卒業式になっていて、

【最後の鐘 охириги қўнғироқ】と言われています。

式の終わりでは、授業の終わりを知らせる鐘をもった最少学年の生徒の代表を

卒業生代表が肩車して、鐘を鳴らしてまわる、というイベントが行われるそうで、

とても感動的な瞬間になるようです。

その習慣が名前の由来となっています。


同期は学校隊員が多いので、この日が活動の最後になりました。

病院には終わりも始まりもないので、私は首都に引き上げの日の前の週末に

活動最終日を設定していましたが、病院行事(年に1度の改修工事)の都合で

1週間早い、6月1日が最終日となる予定です。


でも、最後の鐘の日の5月25日は、私が開催する最後のセミナーの最終日でもありました。

最後のセミナーについては先日の記事のとおり、院内のプロジェクター使用不可能、

そして電源のない部屋での講義ということで

PCが使用できず、前半は模造紙やダンボールで作成した教材を使用してみました。

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聴講者の雰囲気もありますが、スムーズな説明ができなくて1回目は失敗だったなと。

同期隊員に相談して、プロジェクターをもしかしたら借りれるかもしれない…

という事情があったので、急遽PCでスライドも作成。

でも外から電源を引っ張ってこないといけないし、万が一のことも考え、

模造紙教材も改良しました。

前日は、最後ということで念には念をいれて、遅くまで準備と練習をしてました。


当日、タシケントから看護師隊員ななちゃんがメフモンに来てくれて、

院内や活動について紹介しつつ、セミナーの準備。

プロジェクターは卒業式終わりに、同期モモが持ってきてくれました。

ひと足早く活動が終わったモモも、セミナーを見学してくれることに。

メフモンの存在が少し看護師に緊張感を与え、雰囲気作りのプラスになったと思います。

30分前にプロジェクターが届き、接続。

電源はなんとかつながり、スライド作っておいてよかったー!と一瞬テンションがあがりましたが、

どうもPCとの接続の相性がよくない…

直前までねばったけど、結局PCはあきらめて模造紙教材を使用することに。

スライドと模造紙を50/50で準備してたので、自分の番が来るまで、絶頂の緊張状態でした。


この日が最後の最後っていうのは自分も師長も意識してたので、

なんか目に焼き付けるかのように、師長が自分に熱い視線を送ってきてました。

ほんで、気持ちが高ぶって、始まる前にすでに胸が痛かったです。


参加病棟は外科と整形外科
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内科病棟
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写真で伝わるかわかりませんが、ものすごく白熱しました。
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結構みんな真剣でした。

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自分はもっと必死でした。

1日目に、アドリブで寸劇まがいのものを後輩隊員あけみんに協力してもらってやったんですが、

2回目のこの日は事前に少しだけ打ち合わせし、ストーリーだててやりました。
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ウズの看護師に伝えたい、『正しい申し送り』の方法です。

部長と師長が、関心してくれてるのがわかりました。


3つのテーマをやり終え、大きな拍手をいただき終了。
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協力してくれた同期、後輩隊員に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

セミナーの最後に、看護師たちの前で3人にお礼をいい、

セミナーを聴講してくれたこと、また2年間一緒に働けて嬉しかった。ありがとうございます。

という看護師たちへの言葉で締めくくりました。

感無量というよりは、燃え尽きたーという感じでした。


他の病棟の看護師はなんかとても興奮したまま帰っていきました。

このセミナーに臨むにあたり、工夫した点や反省点はこれからもう一度まとめて

報告会・報告書に反映していくつもりなので記事には書きません。

今の私の気持ちは語り尽くせませんが、

でも、とにかく看護師が熱かった。それだけで、充分。


セミナー後、外科の看護師だけ残ってもらい、1人1人に記念品を手渡しました。

夜勤や休みの人もいるので、この日が会える最後の同僚もいました。

和柄のエコバックとキーホルダーを年配の看護師・若い看護師別で準備し、

医療消耗物品で2年間で使用しなかった分を寄付という形で個別に包装しました。

1人1人名前を呼んでハグして笑顔で写真を撮ってたけど

最後に師長さんにハグされて
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おちました
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ちゃんとした挨拶の言葉はもう言えなかったけど、

嫌というほど同僚と絡んだほうがいいよ、と前日にモモが言ってくれたので、

下手に自分の気持ちを押し込めないで、素直に表出しました。

だからこそ、同僚とは笑顔で写真が撮れて、

師長さんの顔をみて涙がでてきました。

これが2年間の外科病棟で築いた私とみんなとの関係です。

同僚には、これからもがんばれ。

師長には、本当にありがとう。

その気持ちが根底にあるのです。

想像以上に別れが辛い、という同期の言葉が胸に滲みます。

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活動の最後は唐突で、予測不可能で、波乱万丈で、必死で、熱くて、真剣で、

自分らしいといえば自分らしい。

だから、この日を、気持ちよく活動の締めくくりにしようと思いました。

欲を言えば、同僚にとっても記憶に残る日になればいいな。

あと4日間は、外科の医者と看護助手、他の病棟のお世話になった人への

お礼と挨拶周りになると思います。



言葉の壁に苦しみすぎて、結局、同僚にもストレスを与えてしまった、

必要な支援や指導を後回しにして、全部はやり遂げられなかった、

看護過程の講義が途中で終わってしまった

後任隊員に引継ぎできなかった

そんな後悔はたくさんあります。

ここの人たちにとって、ここでの仕事はこれからも続いていくものだから。

この2年間は同僚には通過点のひとつなだけだから・・・そう思っているので。

でも、私は自分の活動に自分で区切りをつけないといけないって

割り切って考えるようになりました。


精一杯努力してぶつかってもがいて…

その分、恥をかいて嫌われて妬まれて…

時々、感謝されて必要とされて…

無難に遠回りするんじゃなく、切り開いていったからこそ

記憶に残る特別な日ができたんだと思います。

2年間通りぬけるまで分からなかったけど、なんとなく納得しました。


終わるもんは終わってしまうんだから、最後の雰囲気は自分で作ればいい。

2年間、やり通せるかもわからないんだから、

自分が後悔しないように毎日を過ごせばいい。


何をしたか、結果がどうだったかなんて、ずっと覚えていられるわけじゃない。

このセミナーを開催するまで、何度もしんどい思いをした。

でも妥協せずに準備した最後のセミナーが楽しかった。

看護師が真剣で熱かったのが嬉しかった。

最後っていうのが切なかった。

もっと一緒に働きたかった。

その気持ちは一生自分の記憶に残る。

だから2012年5月25日は特別な日になる。


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