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2012.01.01 2012年1月1日
年越しの気が全くしない年末でしたが、気づけば年も開けていました。

昨年は人生で最初で最後かと思いますが、丸1年、ウズベキスタンで過ごしました。

日本では大災害があり、忘れられない1年になったと思いますが、

あの時、そして今も日本のためには何もできない自分にとっても

ここウズベキスタンで奮闘した2011年のことは一生忘れないと思います。

活動も残り半年となりました。

年末から年始にかけてのブログが更新できませんでしたが、

活動のこと、生活のこと、ウズベキスタンのこと…

協力隊の生の情報を、自分の気持ちを、飾らず書き続けようと思います。

これからもかさぶたぶたぶをよろしくおねがいします。


そして、更新できなかった記事は、ぼちぼちアップしていきます。

とりあえず、元気です。

今年もどうぞよろしく!
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大晦日・元旦をウルゲンチで過ごして、1月1日の夜

電車でタシケントに向けて出発しました。

最初で最後、帰国隊員の見送りのためです。

20時間の電車の旅。
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外は一面の雪景色。

4人部屋で、あけみんとマーキーと、もう一人が頭のいいウズ人だったので

快適な旅になりました。

帰国は3日の夜発の便。

サプライズで空港に行こうと思ってたけど、電車のスケジュールが合わず

2日の夜に到着。

せっかくだし…と、セトラ先輩と晩ご飯を一緒に食べました。
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首都生活2週目に突入し、帰国前日。

疲れもあったと思うけど、最後の晩餐を一緒に過ごしてくれて本当に嬉しかったです。

看護師から預かってきた贈り物と、ウルゲンチ隊からのプレゼントも渡せました。
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前回の首都出張の時に、予約してた特注品です!

セトラさんが欲しいと言っていた柄の湯のみですが、なかなか手にいれることができず。

どうしても思い出にもって帰って貰いたかったのです。

ひとつだけ残念なことが…

お皿の裏に「ウルゲンチ隊からあなたに、ウズベキスタンの思い出を」と

ウズ語で書いてもらう予定だったのですが、さすがウズ人、

すっかり忘れてました(笑)

かなり反省してたんですが、笑顔でいいよいいよって言ってもらってきた食器。

文字がなくてもかわいいし、我ながらナイスセンスじゃん!と

自信を持って渡せましたよ(^v^)

忘れ物の件は笑い話として話したんですが、じゃあ寄せ書き書いてーって言ってくれて
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ドキドキしながら書きました。なんか嬉しかったです(/ω\)

この日の夜は、他の首都隊員の家に泊めてもらう予定だったんですが、

最後だと思うと話しても話したりず…もう一件バーに行って

セトラさんの部屋に泊めてもらいました。
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このあと、騎馬戦やったんだけど、アホすぎて載せられません(;・∀・)

でも、めちゃめちゃ楽しかった。ホントに楽しかった。。。

4時くらいまでずーっとしゃべってて、ちょっと寝て、9時くらいに活動開始。


この日に泊めてもらう隊員の家に荷物置きにいったりで少し別行動。

午後から、あるお土産屋さんに一緒に買い物に行こうと約束して…

それが、自分の勘違いで時間を間違えてた挙句、

電話を放置して音信不通の状態になってたんです。

帰国の日だから、スケジュールに余裕がないって言ってたのに

先輩とウズで過ごせる最後の1日だったのに…待たせてしまったこと、

私たちに何かあったんじゃないかって心配までしてくれたこと、

先輩に対する気持ちが一気にあふれでてしまって、メチャ凹んだ。



ごめんなさいごめんなさいごめんなさいって…

買い物して帰りのタクシーの中でストッパーが外れて涙が止まらなくなりました。

まだお別れじゃないよーと笑われても、運転手に心配そうにチラ見されても

気ぬくと涙がこぼれでてきてどーしよーもない!


空港では笑顔でお別れしますといって、頭冷やしに事務所に行って

夜8時に他の隊員と一緒に空港に。


空港は写真禁止なんです。だから私の記憶の中だけです。

帰国隊員の見送りに来れたのは最初で最後。

こんなに胸が苦しくなるとは思いませんでした。

今日まで我慢したのに…

泣きそうなのでもうやめてくださいと、先輩からの温かい言葉を拒否し(笑)

同じく号泣しているあけみんの背中に隠れて泣きました。

さみしいのもあるけど、ありがとうっていう気持ちが大きいです。

ウルゲンチ隊は家族みたいで、セトラ先輩がお母さん、マーキーがお父さん

あと子供たちって感じで呼び合ってました。

最後の最後まで、マーキーがお父さんぶってくれて、

それで少し空気が軽くなったかなぁ。

お母さん、娘たちが泣いてるでぇ(笑)って(~_~;)


セキュリティチェックを抜けるまで、最後の最後まで手を振って…

今生の別れじゃないけど、瞬間瞬間はもう二度とやってこないから。

しばらく息ができないくらい胸が苦しかったけど、それも久々の体験。

首都隊員は毎回こうなんだよと言っていました。

今回の先輩たちは一番近くで長く一緒にいたから余計だと思います。

でも今まで見ないように感じないようにしてきたんだなー、自分。


また会いたいと思える関係になれたこと、それは幸せなことです。

言葉にできないです。感謝の気持ちも別れのさみしさも。
2012.01.08 料理
雪が積もって、日が当たって溶けても、毎日氷点下なので重ねて凍り

路肩や歩道がとても危険な状態なウルゲンチです。
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行きも帰りもダマスから降りるときに滑りました(-_-;)こけなくてよかった…


病棟新聞やセミナーの準備でパソコンに向かうのだけど、

いまいち進まず、肩こりばっかりひどくなります。なぜか小指も痛いし…

再三ブログに現実逃避をしています。



突然ですが、【料理】のカテゴリを追加しました。

こちらでの調理や食事の紹介の記事をいくつか書いているので、リクエストもあり…

時々、ここでの料理のこと、料理を通しての気持ちも書こうと思っています。

過去記事も整理していこうと思います。



私はほとんど好き嫌いやアレルギーがないので、偏りはないのですが

鳥肉が一番好きなので、鳥肉を使う率が非常に高いです。

特に唐揚げが大好物です。

小学校の時から、弁当にはかかさず入れてました。

日本は冷凍食品があるから、唐揚げはいつもストックしてたなぁ。

中学・高校の時、弁当どころか試験勉強時に冷凍唐揚げは大活躍。

手巻のり半分サイズに冷飯を全面にひいて、冷凍唐揚げをトッピング。

マヨネーズとチーズを載せて、トースターで焼くだけ!

簡単やしボリュームあるし、夜食にこんなんばっか食べてました。

そうですね。まさに今、唐揚げが食べたい気分なんですね。

ないけどね。



唐揚げ粉という便利なものもできて、料理のレパートリーの少ない時は

何度も利用しました。

日本ってホント食に関してはすごいいい環境だと思います。

いや、そういうことを言いたいんじゃないんですが…

ウズベキスタンに来て、レトルトも冷凍食品もない環境。

自分で言うのもなんだけど、確実に料理の腕は上がってきてると思います。


母親が病気で入院がちだったんで、代わりに小さいころから食事は作ってきたんですが。

小学生の時までは喜んでもらえてたけど、それがいつからか当然の仕事になり…

中学に入ると勉強と家事の両立。

進学校の上、部活もしながら生徒会活動もしながら、多忙な学校生活を送っていたのに

誰かのために飯を作るって結構しんどかったです。

ただただ義務感しかなくて、それはそれは楽しくない家事の一つでした。

美味しいとかきれいとか、そういう感想一切なく

ただ『食べること』『お腹を満たすこと』が目的でした。

だから夕食も肉焼くだけとか、一品料理だけとか普通だったし、

弁当のおかずの割合が少ないとか文句言われたり、

自分が帰るまでに米くらい炊いといてよ、と週に2・3回は弟とけんかしてましたね。

どんぶり料理の楽さに目覚めてルーチン化してたし…

今思うと、おいしいご飯食べさせてあげれなかったなぁ、

かわいそうなことしたなぁと申し訳なく思います。

父親とは同じ屋根の下に住んでいるのに、自分と弟の分の生活費を毎月渡されて、

やりくりして生活していました。

弁当屋やコンビニを利用すると、1週間でなくなってしまう金額。

決して貧乏ではなかったはずだけど、なんでこんな生活してたのか謎・・・


そんな環境だったんで、なんせ、基本的欲求の底辺の食べる=生きるっていうとこ

クリアするので精一杯だったよね。弟に食わさんといけんっていう。



一人暮らしを始めると、なんとなく肩の荷がおりて変化がありました。

ただの業務だった料理も、工夫をしてみようと思うと楽しくなりました。

失敗しても自分が食べるだけだから…そう思うと何でも挑戦できるようになりました。

それでも、普段は自分のためだけにしかつくらないし、

日本の環境の甘さにどっぷり浸かって、

手間暇かけた料理はつくらなかった気がします。

どちらかというと、あるものを使って何を作るか…っていう能力は

伸びたかなぁと思います。


ウズベキスタンに来ても、ダシの素とかみりんとか味噌とか、特に調味料は

日本から持ってきたもの、送ってもらったものに頼ってはいるけど

日本食(和食・洋食)を手間暇かけて作る楽しみも見つけました。

おいしいおいしいって言って食べてくれる人がたくさんいるから!

誰かとご飯を食べるときは、必ず3品以上つくるようになりました。

食卓をとにかく豪華に見せたい、楽しくご飯を食べたい

そういう気持ちの現れです。

おかずがたくさんあると、ワクワクするんですよ。

何から食べよう、次は何食べようって…

大人数で食べると、おかずの量も増えてもっと楽しい。

こういう環境にいると米のありがたさも感じますね。

幸い、協力隊が派遣されている地域の中でも、まず米が手に入り

安くおいしい米が育つ地域はウルゲンチがダントツではないかと思います。

そんな環境にいるからなんですが、やっぱり米に合うオカズが食べたい。

日本食に飢えているホームステイ隊員だけでなく、

最後まで気持ちよく平らげてくれる仲間がたくさんいるので

料理のしがいがあります。嬉しいし楽しいです。

そして彼らの料理を食べるときも、同じように感謝の気持ちが自然に湧いてきます。

食の環境が整っている日本では感じきれなかった気持ち。

「食べれること」のありがたさは、ウズベキスタンでは感じられないかも。

でも「食べてくれること」「作ってくれること」のありがたさはヒシヒシと。


料理がリフレッシュになる、趣味になる、生活の楽しみのひとつになる。

それも活動中の新しい発見でした。
2012.01.10 雪のヒヴァ
最近帰宅後から就寝まで、1時間くらいの停電が数回あってうっとおしい。

9:30とかに消えると、寒いしもう寝るわ!ってなるし…

なかなか仕事が進まないですねぇ。

鼻のど風邪をひいたんで、日本じゃめったに飲まなかった総合感冒薬を飲んでいます。

夜は鼻が詰まってなかなか寝付けないので、抗アレルギー剤も一緒に飲んでます。

眠気誘発のためと思ってなんだけど、なぜか鼻づまりが治って呼吸がしやすく!

抗アレルギー剤、ヤフシ!ボラディ。


そうしてウトウトしていた昨晩のこと。

ウルゲンチの番号から電話がかかってきました。

自分の携帯は首都で契約してるので、コードが首都の番号になってます。

なので間違い&いたずら電話はウルゲンチからかかってくることは少ない。

ちょっとめんどくさかったけど出てみると

アリョー(もしもし)コンニチワ!

おいおい、日本語で挨拶するウルゲンチ人は限られてるよ…誰じゃ??

僕、僕!イザットだよ!元気?

仲のいいドクターでした(笑)

こんな夜に何用??

あのね、僕の友達が病気で、褥瘡(床ずれ)があるんだ。オゾダ見てくれる?

ん?褥瘡?いいけど、どこに入院してんの?

病院じゃなくて家なんだけど、大きい褥瘡なんだ!だからお願い、一緒に来て!

分かった、じゃあ明日ね!

今日の夜(今)一緒に行ってくれると一番いいんだけど・・・

むりっ!(=_=)

あのね、イザット?聞いて?今何時か知ってる?

22:40だよ。

夜の じゅうじ よんじゅっぷん!!

…夜遅いよね?わかる?




今、僕、運転中なんだけど、今からおぞだの家に迎えに行くよ!




・・・人の話を聞けェェェ!!Σ(゚д゚lll)


無理!!あのね、私、もう寝るところなの。今日じゃなくてもいいでしょう?


あぁ、そっかぁ。じゃあ明日でもいい…でも、今から会いたかったなぁ


彼氏か!!(ー_ー)!!


明日必ず一緒に行ってあげるから。夜遅いから今日はもう無理だよ


そうだよね。わかったぁ。じゃあまた明日ね。おねがいね



・・・・

ウズ人の時間の感覚が全くわからん!!


と、騒々しい電話に少しぐったりして眠りに入りました。



今日職場に行くと、当の本人イザットが謝ってきました。

昨日電話してごめんね。嫌じゃなかった? と。

師長さんからも、イザットから電話あったでしょう?と聞かれました。


イザット、昨日酔っ払って師長に電話したみたいです。

で、私の新しい番号を聞いて電話してきたみたい。

ちょっと酔っ払って気が大きくなってたらしい…


・・・って、師長さんも酔っ払ってんの知ってたら教えないでよ(-_-;)

イザットからは平謝りされました。ま、楽しくなっちゃったんならいいけどね…



正確には友達のお父さんが自宅療養中で、褥瘡があるのはホントでした。

今日はドクターは夜勤なので、明日仕事終わりに一緒に行く約束に。

ウズのことだし、明日になったらどうかわかんないけどね。

で、褥瘡みたところで、薬もないこの国でどうするのかしらんけど…

日本の看護師が見るってことで気が晴れるなら付き合うけど。


そういう訳で(?)明日行く予定だったヒヴァに今日行ってきました。

あけみんと

今、オペ件数が少なくて午後から暇なので、早退して。

雪のヒヴァはめったに見れないと思ったんで。

春でも夏でも秋でも冬でもヒヴァはやっぱり一番好きです。

昨日から晴れてるので、1週間積もってる雪もだいぶ溶けてたけど…
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この雪景色の中、結婚式やってて花嫁さんウエディングで寒そうでした{{ (>_<) }}

犬にからんでみたり…
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レストラン空いてなくて探し回ったけど、入ったとこが当たりだった!

お腹も満たされ、買うもの買ったし、ほどよく疲れて帰宅。

さて…ブログ書いたら仕事するかねぇ。

2012.01.11 院内の交流
朝から霧がすごくて前が見えないし、8時なのに真っ暗。

こっちの車は、みんなハイビームで走ります、こういう時。

反射して余計見えないんじゃない?

そして、歩いてるこっちはまぶしいし、車の形が見えなくて迷惑!


ある区間のダマスが1月から乗車賃が値上がりしました。

道が悪いから差額を道の修理に使うためとか。ほんまかいな…

道が悪いのもだけど、冬はダマスになかなか乗れないから嫌だ。

もっとばらけて走らすとか、出勤・登校時間は増やすとかないのかね…

時間が経てば経つほど、待ってるウズ人が増え、

イコール順番抜かしばっかりで、ますます乗れなくなるってことですね。


寒いのに加え、朝からイライライライラ(`Δ´)!


やっと捕まえたダマスに乗っていると、衝突事故を2件目撃。

あれに乗ってなくてよかったねぇと思うとイライラもしぼみます。

霧がでるということは気温が高いということ。

昼からはホラズムらしく太陽がカンカンに出て、

雪もぐちゃぐちゃに溶けてきてました。

でもまだ1月初旬だし、寒波はもうひと波くるだろうな…



さて、最近は外科病棟で腰を据えて働いている時間はほとんどありません。

先週までは師長さんの仕事でPC仕事していたし、

消毒介助が終わったらセミナーの準備やらいろいろ…

そしてやっとこさ重い腰をあげてセミナー資料の配布を始めました。

以前実施したセミナー【褥瘡のケア】の資料を全病棟に保存するため。

副看護部長と一緒に誤字・脱字など修正していたものを、

今週に入って、全病棟分せっせと印刷。
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そして、病棟をひとつずつ回りながら、

これがほしかったら紙を出せ!と…いやいや(~_~;)

資料印刷したので代わりに紙を枚数分ください、と行って回るのだ。

それが看護部長さんとの条件。

新手の商売ですな。


師長さんたちとは、春に院内マニュアルを整備したときに仲良くなったので

それはそれは笑顔で迎えてくれて、うちの病棟で働きなさいと社交辞令を言ってくださるので

毎度毎度、そうですね、フドホフラサ(神が望むなら)と社交辞令を返すのです。

この資料、どうやってもらおうか考えてたの…USBを渡すかどうか…
印刷してくれてありがとう!

の言葉はやっぱり嬉しいですけどね(#^.^#)

これはあなたたちの記念にするわーと言って下さるけど、

できれば活用していただきたい!病棟内教育のために…

まあそれが実現するのはかなり先のことでしょうけどね。


こうやって他の病棟に顔を売ることも大事ですね。

でも、いつも先輩や後輩隊員と名前は間違えられます。

覚えてくれてるんだなぁっていう人も、惜しい!って感じ。

サダコ!サカヤ!サダヤ!サダメ!サヤラ!

もはや『さ』しか合ってないから(=_=)

他の病棟のドクターの中には、オシン!ヤポン!と呼ぶ人も。

ヤポンはウズ語でジャパンの意味。

オシンはかの有名な映画の主人公の名前。

あんたら、ウズベキスタン!カリモフ!って呼ばれたらどうよ??

誰かウズ人にオシン以外の映画を教えてあげて、とあけみんはボヤいています(笑)

あと、うちの病棟にはいつストレッチャーをくれるんだ?と

挨拶代わりに言われるのにはまいります。


というわけで外科病棟に戻ると、かなりホッとするようになりましたよ。

話がスムーズやし…名前をちゃんと呼んでくれるだけでホッとする。



今日は外科の別の先生に、ひいばあちゃんに褥瘡ができてるんだけど…

と相談されました。

外科の先生で褥瘡に興味をもつ人は少ないので、いい効果だと思います。

・・・が、なんの薬がいいかとかどの薬がいいかとか、そういうこと聞いてきます。

なんでも薬薬薬。だから、ウズにある薬がわかんないんだって(-_-;)

とにかく傷をみてみないとなんとも言えないし、

1番大切なのは「除圧」という説明は、あんまり理解されなくて残念。

すぐに改善するものでもないから、余計説得力がないしねぇ。

あ、イザットに言われていた患者さんは、昨晩亡くなられたそうです。

そういう状態の方であれば、褥瘡の治療どころではなかっただろうなと…


でも、今後こういう興味をもったドクターが皮膚科にコンサルトしたり

日本人ボランティアに相談したりしてくれるようになったらいいなと。

【褥瘡を管理する】っていう意識ができたら【予防意識】も持てるだろうし。

セミナーの効果が思ったような反応じゃないのも、

予想外の反応があるのも、やってみないとわかんないことだったので

やってよかったなと今は思えます。


・・・が、次のセミナーの構想が全く見いだせない(ー_ー)!!

まあ誰も期待はしてないと思うんですけど、

それでも「面白くなかった」っていう感想だけは避けたいなと。

少しでもセミナー時に緊張しないように、知った顔を増やしておくのもありね。

どうなることやら…
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