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2011.11.10 活動の転機
赴任1年目頃からの心身&活動の不調が改善したというか慣れたというか…

厳しい冬は到来したが、ここ数週間で上昇の兆しが見えてきた。


9月に事務所の協力を得て、看護部長と病棟師長達とボランティア2人の協議の場を設けてもらったが

今後の活動の方向性を決める最後のチャンスだったにもかかわらず

外科病棟師長のみ不参加という悲しい事態でかなりやる気をなくしていた。

病棟での活動をどうしていくか、あるいは配属先・任地変更をするかの別れ道だったのに。

自分の思いを伝えることが全くできず、未消化のまま2ヶ月過ごした。

幸か不幸かパフタが始まり、何も考える暇もなく業務に追われる日々。

語学力は向上した。あと、いろいろ悟った。


先日新隊員さんが赴任して、挨拶などがあったので、調整員の同席する場で

部長と師長と話をする機会をいただいた。

こんなことでもなければ時間をもらえないので、事務所の力を借りている。


半分は期待、半分は諦めという両極端な気持ちだけが占めていて

どっちに転ぶか…どっちに転んでもいいやっていう覚悟の上。


もともと、病棟ではマニュアル作りやセミナー開催などを期待されていた。

日々の業務の中で伝えたいことは伝えているし、自分は病棟新聞をつくっていて

その中でも看護技術や看護過程についてなど、様々な情報提供をしている。

ウズ語も日本語もしゃべるより、文章にするほうが得意なので。

これは1年間試行錯誤した結果、自分で工夫してる点。

というわけで、準備も時間がかかるしスタッフを集めるのも大変なセミナーを

外科病棟で開催するメリットが見いだせない…という結論を下した。

こちらが必要と思う情報は提供しているし手段もある。

その情報をどうとらえるか、どう活かすか、

その判断は受け手に任すしかない。気づく人は気づくし自分で考える。

先輩方の言葉を借りると『行動変容を求めない』ということになるが

さらに言葉を追加すると『狭いキャパでも選択できるだけのたくさんの情報を』

そして『変容を求める人に道筋を』

ただマンネリと日々の業務をこなすだけでなく、伝えるべきところは伝えていくと。

初歩的なことだけど、返ってくる反応は散々なので、何度挫けたことか。


また、時間がないなりにも『この患者さんにこういうことをやってあげたい』

と伝えてきてくれる看護師が数人いる。だからオゾダに手伝ってほしいと。

そういうふうに自分の考えを持って働いている人は少ない。

でもその少数派の人は、自分を頼りにしてくれる。

そういう看護師が働きやすいように、働きたいように働けるように手伝う、

という活動の仕方に完全シフトした。

同じ自分の時間を使うなら、自分にとっても相手にとってもメリットのあるほうがいい。


そんなわけで、自分からセミナーを開催するつもりは今のところないということと、

自分が一緒に働こうと決めた看護師と働きたい旨を師長に伝えた。

セミナーに関しては、師長の方から相談があればいつでも準備する体制は整えてることを追加。

形にこだわる国民性もあるので、セミナーや資料づくりに関しては実施依頼が速攻あった。

でも師長主体でできる形に持っていくつもり。

そして、対象を絞ったりテーマを厳選する点も了承を得た。


事務所を交えての話し合いのあと、師長の部屋でもう一度、師長自身の理解が正しかったか

全部確認された。これも師長さんから言われて。この人、ホントすごいわ。

このタイミングで病棟長(衛星さん)もふらっと師長室に現る。

自分が患者や家族の立場で信頼できる看護師が数人いるという話は師長にした。

その話をする前に『病棟の看護師に必要なもの・足りないものは何か』と病棟長に突然質問された。

『自分の考えや意見を持って働くことだと思う』と答えた。

何にしても、理由なしに慣例としてやっていくことはよくない。

間違った解釈のまま伝えられてしまうこともあるから。工夫も代替方法も考えないし。

看護ケアにしても、根拠を理解していたり、自分なりの考えがある看護師が

今後、学生や新人など後輩指導をしていけば、よい病棟になるのではないかと。

師長・病棟長ともに大きく同意。

具体的に名前を挙げさせられ(良い評価なので躊躇はしなかった)

3人の中で評価は一致。その看護師を伸ばしていく環境を作っていきたい。

とりあえず、病棟の看護師のボス・医者のボスと思いを共有できたことが一番の収穫。


思い返せばここまで来るのに、いろいろあった。

もちろん関係の好転には、このボス2人の元々の人柄もあると思う。

でも、最初はこんな話できなかったし、衛星さんとか不信感満々で嫌ってた時期もあったし。

ここまでの信頼関係築くのは簡単じゃなかった。

自分自身への評価として、患者に対して家族のように接するところがすばらしいと。

最初はチャッコンな(テキパキしてる)奴だってだけだったのに。

その評価は、素直に嬉しい。きちんと評価してもらえてることも嬉しい。


そういう意味で、まあ無駄ではなかった1年3ヶ月があるなら、

外科病棟には最初で最後のボランティアになるかもしれないから

何かの形で自分の分身を残したいなと。

そういう贅沢な思いもでてくるんだけど、今の自分の立場は葛藤が多い。

いろんな意味で。控えめが一番いい。

こういう形でこのタイミングで自分が配属になったんだから、運命と思ってもらうしかない。

でも、自分はいなかったものと思ってもらいたい、忘れてもらってもいい、という気持ちから

こういう変化があったのもこの2ヶ月辛抱した結果。

熱くなりすぎず冷めすぎず。

自分で作った転機だということだけは自信にしたい。

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