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今日はなんか少し太陽がでていて寒くなかった。


そんな日も、病棟の光景は変わらない。

今から手術行くよって突然言われてアタフタしてた患者さんの脱衣をお手伝い。

虫垂炎以外の腹部の手術は少し準備がいるけど、だいたいの手術は基本服を脱ぐだけ。

今日のおばあちゃん、えらいモコモコやなぁと思ってたけど、

脱がせてみればびっくりする量の服を着てた。

こっちのおばあちゃんはみんな着てる、分厚いロングカーディガン(孔雀柄)

次に分厚い生地のワンピース。

上下に分かれたところで、下から。

靴下。男性物の大きめのチノパンの上に毛糸パンツ。

チノパンの下に太ももまでのスパッツ2枚。タイツ。

パンツも脱がなきゃだめ?って上目づかいで聞かれて、思わずニヤリとしてしまった。

いいよ、それは着てて(#^.^#)


次に上。

セーターの下は、長襦袢みたいなの2枚で、それから肌着。


早く早くって看護師に急かされながら、一枚一枚脱いだのを、私がたたんで…

いやぁ畳む暇もないわぁ、と嘆くおばあちゃんに、気にしないでと言いつつ

マトリョーシカみたいって思いながらほくそ笑んだのだった(^ω^)


病棟の廊下の先に手術室の入口があるからすぐだけど、やっぱり廊下は寒い。

だけど、手術に行く患者さんは、男性はパンツ一丁

女性も下着だけとか、ワンピース型のパジャマ1枚とか。手術着とかもないしね。

緊急手術が必要で準備のできなかった女性患者さんには、看護助手がパジャマ売ったり。

商売まで始まっちゃう(ちゃんとストックしてるし)。売店がないからしかたないね。

まあ、手術に行く前じゃなくても、若い男性の患者さんはみんなパンツ一丁だけど。

こんな季節でも…ほんま寒くないんやろうか。


というわけで、季節感にギャップのある病棟内だけど、

今日から病室にやっとお湯暖房がつくようになった。それでも凍えるけど

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ラマダンハイート(イスラム教のお祭り)の祝日が、月曜の予定がズレて日曜になり

来週の月曜は祝日じゃなくなったらしい…と今日聞いて地味に凹んだオゾダです。


今日は、オペが何件あった!??

朝、着替えもそこそこに、ICUから患者受けるから!と2人の転床のお手伝い。

そして回診後に1人。午後から1人。

その合間にオペ出し3連続とか。

そして外来から新規入院何人??

出し入れが激しい外科病棟でした。

オゾダいる?どこにいる?と呼ばれるたびにドキドキしたもんです。

次は何を頼まれるの…と(´;ω;`)


え??ということは…

今気づいたけど…

明日はオペ明けの患者がどばっと来るってことね(゚д゚)



でも今日、少し感動したことがあったのです。

この忙しいさなか、抜き打ちで院内監査があったんですよ。

医長と看護部長の。病室とそのほかの部屋の環境を全部見て回るんで時間かかります。

もちろん、一通り終わるまで自分は更衣室で本読んでましたけど。

前までは、それで回診が終わってて、全然患者診てないし!って悶々してたんですが、

今日は、監査後にもう一度、外科の医師だけで最初の部屋から

患者の状況を把握するために回診がありました。

それだけで、ほぉっと思ったんですが、最近キレのいい病棟長が看護師に

お前、この部屋の患者の体温は本当にちゃんと測ったか?
俺がもう一度測っても大丈夫なのか?
こんなに全部の患者が正常ってことはありえない。入院しているんだから。
たしかに、お前の担当はたくさん患者がいる。
でも、1日に数回体温を測るくらいの時間は作れるはずだ。
そして正しく記録をしろ。それだけは守れ。


と。。。

ドキンとしました。

記録詐称というか、ケアをせずに記録を書くのは日常茶飯事。

数値をごまかしたりも日常茶飯事。

でもドクターも一緒になってのこともあるし、自分はもう口を挟まなくなっていました。

監査でカルテは見なかったから、その影響ではないと思います。

でも確実に、改善すべき点を意識するようになってきてるんじゃないか??


そして次の個室に入って、部屋の隅にゴミが落ちているのを見て、

病棟長は看護助手を呼びました。

今日はこの部屋をちゃんと掃除したんだよな?でもちゃんとできていない。
俺は、お前はちゃんと掃除をするから好きなんだ。
なんで今日だけできなかったんだ?
いつでも同じようにできなくちゃいけない。分かったな。


ちょっと耳を疑いました。

え!?なんつった??って…。

普段、お互いを褒め合うところを見たことがないというか、

指摘することが目的の回診の中で、フォローの言葉を聞くなんて!


いや、でもこの注意されたウミドは、たしかに私も好きな助手さん。

ガサツなんだけど、いつも元気で、仕事もしっかりする。

掃除に至っては、ただ床をなぞるだけの人もいる中、ウミドは

ちょっと水が多めで滑るけど、端から端まで豪快に、でもきっちりと拭いて回る。

今いる看護助手のなかで、唯一私の言ってることを素直に汲んで聞いてくれる。

マニュアルづくりの時におちゃめなところをたくさん披露してくれたウミド。
看護助手のお仕事マニュアル
あぁ、大好きだった助手のボスのディルフーザは出稼ぎの旦那追いかけてロシアに行っちゃったんだよね。寂しい。


ウミドにはフォローの言葉があったので凹み具合はマシだったのかもしれないけど、

きっと(なんで今日に限って…)みたいな後悔があったのかな。

そういうとこも素直というかちゃんと自分に還元しようという態度がみえました。

ちょっと元気がなくなっちゃってたので、少しからかうと、すぐに満面の笑みが(#^.^#)

やっぱウミド好きやわぁ。


スタッフのいいところに再度気づかされたのと、病棟長がきちんと個々の仕事ぶりを見ていたこと

そして、きちんと筋道たてて指摘しているところに感激しました。

問題点ばかりに目がいくあまり、自分もフォローの言葉を忘れてたことがあるなと気づき、

病棟長の良い方向への変化に自分もついていきたいなと思った一日でした。


1年くらいたった時くらいから、この病棟長は毎日何もなくても褒めてくれるようになりました。

オゾダ、マラディエッツ。お前はいい子だ。俺たちはお前のこと大好きだー、と。

最近はあなたこそマラディエッツですよ。

でも年上の偉い人を褒める言葉はなかなか言える機会がなくて残念。

自分が何したわけじゃないけど、病棟がもっといい雰囲気になればいいなと。

タブリクライマン。

初雪おめでと~う。だって。

は!!?全然おめでとうじゃないし!


週末、新隊員さん赴任にともない、それを理由に毎晩集まった。

親子丼、キムチ鍋、プリン。おいしかったね。

昨日は昼にアラレの降る中、モモの学校の生徒の試合を見に行った。

凍えたね…

夜はフェルガナ&グリスタンから先輩・後輩隊員が来てくれて、レストランで食事。

まぁ、ホント充実した週末でした。

その週末を締めくくったのは、初雪ね。

雨かと思ったら、ものの数分で雪に変わり、地面は凍り…

今朝起きたらうっすら積もってた。

うっすらでよかった。


ついにマイナス10℃の予報がでている11月初旬のウルゲンチ。

外気温に比例して下がる室温は12度。

ガスが止まって1ヶ月ちょっと経過。

水が止まって1週間経過。お湯の出る気配なし!

帰宅後停電中。

PCの充電ができていないので、長時間経過している模様。


近所の人に確認したところ…

うちのアパートで同じ階段を接する部屋の住人はほとんど別の地域に避難中と。

田舎のほうがガスもお湯もあったりするので、親戚などの家に身を寄せているらしい。

先に教えてください。置いていかないでください。

ちなみに同じ建物の隣の階段に接する部屋はガスが少しあるらしい。

レベル低!!

引っ越した意味全くなし!

そんな2度目の冬が始まりました。

PCの充電が切れそうなので今日は終わります。さようなら。
2011.11.08
最高気温がマイナス1度だったらしい。昨日と今日。

そら寒いわ((((;゚Д゚))))


去年は大丈夫だったけど、あかぎれがひどくなりそう…


自分は冷え性で手がすごく冷たい。

それで何が困るかというと、患者さんに触るとき。

ガーゼを交換したりテープを貼ったり、ちょっとした時に素肌に触れてしまうから。

今から触るよっていうときは、手をこすってあっためるんだけど…

熱出てたり頭が痛いときに、額に手を置いてくれると気持ちいいって言ってくれる人もいるけど。

でもやっぱりあったかいほうが良いですね。

握手したときに、とってもあったかい大きな手の人だったら、ほっとしますもん。



『手当て』って言葉があるくらい、人の手って癒しの力をもっているって信じてます。

手を通して気持ちがそのまま伝わる気もするし、痛みも和らぐ気もするし。

よっぽどトラウマのある人以外はマッサージも拒否しないので

痛いの痛いのとんでけぇって、感じで手を当ててあげます。

それは日本にいる時もそうだったし、こっちにきてもそう。

どっちかというとウズ人のほうが好みます。


自分のは冷たい手だけど、今日の患者さんもお気にめしてくれました。

不定愁訴の強い患者さんで、朝からずぅぅぅぅぅぅっとボヤキを聞いていました。

私は寒いのが好きなの!と言って、服をめくって、お腹や胸に手を置いてと。

寒いだろうと思ったけど、そういう配慮はいらないらしい。

とにかく冷たいものに触れていてもらいたいらしい。

そして『あなたの手は静電気があるから気持ちいい』と。

たしかに静電気持ちだけど、気持ちいいと言われたことはないな(ノ∀`)

そして、触れている時に自分は電気を感じなかったけど、敏感な人だったのかな…


これだけ多くの患者さんを看てると、痛みって精神的な理由で増強していることが多い気がします。

自分の話を聞いてくれないとか手術が怖いとか、不安や恐怖心や孤独感の積み重ねで。

そういう時に、ベッドサイドに座って少し体に触れていると、たいてい落ち着きます。

看護ってそういうもんです。

教科書に、傾聴とかタッチングって書いてあるけど、実際にやってみればわかります。

それが、ナチュラルにできるかどうかですけどね。どういう痛みかの見極めも必要ですが。


自分が看護師として患者に接するときのモットーは『家族のように』です。

白衣の天使じゃないので、常にすべての患者さんに笑顔ではいられませんけど。

でも、触れる時は家族だと思って。そういう愛情を持って。

それはこちらに来ても変わりません。



昨日、新隊員さんが赴任したので、先輩が病院内を案内するのに付いて行きました。

ICUと外科で関わる病棟や先生も違うので、今までしゃべったことのない先生と話ができて

楽しかったです。自分も名前覚えてもらってない人もいるし、交流が広がればなぁと。

あとは、重症な患者さんが多いICUで3人でケアに入ったり。

ツーカーでケアができるっていいですわ。

先輩隊員と新隊員はどちらも看護師としては大先輩。

日本の看護師さんのすばらしさを改めて感じました。

一人でも多くのウズの看護師が見て感じて学んでくれたらいいんですけど。

まあ多くは求めない…ということで、自分が楽なように働くのもありですね。

外科の怒涛の処置回りから少し逃避させていただき、残業もせずに帰宅。

久々にぐったり感のない夕方です。





2011.11.10 活動の転機
赴任1年目頃からの心身&活動の不調が改善したというか慣れたというか…

厳しい冬は到来したが、ここ数週間で上昇の兆しが見えてきた。


9月に事務所の協力を得て、看護部長と病棟師長達とボランティア2人の協議の場を設けてもらったが

今後の活動の方向性を決める最後のチャンスだったにもかかわらず

外科病棟師長のみ不参加という悲しい事態でかなりやる気をなくしていた。

病棟での活動をどうしていくか、あるいは配属先・任地変更をするかの別れ道だったのに。

自分の思いを伝えることが全くできず、未消化のまま2ヶ月過ごした。

幸か不幸かパフタが始まり、何も考える暇もなく業務に追われる日々。

語学力は向上した。あと、いろいろ悟った。


先日新隊員さんが赴任して、挨拶などがあったので、調整員の同席する場で

部長と師長と話をする機会をいただいた。

こんなことでもなければ時間をもらえないので、事務所の力を借りている。


半分は期待、半分は諦めという両極端な気持ちだけが占めていて

どっちに転ぶか…どっちに転んでもいいやっていう覚悟の上。


もともと、病棟ではマニュアル作りやセミナー開催などを期待されていた。

日々の業務の中で伝えたいことは伝えているし、自分は病棟新聞をつくっていて

その中でも看護技術や看護過程についてなど、様々な情報提供をしている。

ウズ語も日本語もしゃべるより、文章にするほうが得意なので。

これは1年間試行錯誤した結果、自分で工夫してる点。

というわけで、準備も時間がかかるしスタッフを集めるのも大変なセミナーを

外科病棟で開催するメリットが見いだせない…という結論を下した。

こちらが必要と思う情報は提供しているし手段もある。

その情報をどうとらえるか、どう活かすか、

その判断は受け手に任すしかない。気づく人は気づくし自分で考える。

先輩方の言葉を借りると『行動変容を求めない』ということになるが

さらに言葉を追加すると『狭いキャパでも選択できるだけのたくさんの情報を』

そして『変容を求める人に道筋を』

ただマンネリと日々の業務をこなすだけでなく、伝えるべきところは伝えていくと。

初歩的なことだけど、返ってくる反応は散々なので、何度挫けたことか。


また、時間がないなりにも『この患者さんにこういうことをやってあげたい』

と伝えてきてくれる看護師が数人いる。だからオゾダに手伝ってほしいと。

そういうふうに自分の考えを持って働いている人は少ない。

でもその少数派の人は、自分を頼りにしてくれる。

そういう看護師が働きやすいように、働きたいように働けるように手伝う、

という活動の仕方に完全シフトした。

同じ自分の時間を使うなら、自分にとっても相手にとってもメリットのあるほうがいい。


そんなわけで、自分からセミナーを開催するつもりは今のところないということと、

自分が一緒に働こうと決めた看護師と働きたい旨を師長に伝えた。

セミナーに関しては、師長の方から相談があればいつでも準備する体制は整えてることを追加。

形にこだわる国民性もあるので、セミナーや資料づくりに関しては実施依頼が速攻あった。

でも師長主体でできる形に持っていくつもり。

そして、対象を絞ったりテーマを厳選する点も了承を得た。


事務所を交えての話し合いのあと、師長の部屋でもう一度、師長自身の理解が正しかったか

全部確認された。これも師長さんから言われて。この人、ホントすごいわ。

このタイミングで病棟長(衛星さん)もふらっと師長室に現る。

自分が患者や家族の立場で信頼できる看護師が数人いるという話は師長にした。

その話をする前に『病棟の看護師に必要なもの・足りないものは何か』と病棟長に突然質問された。

『自分の考えや意見を持って働くことだと思う』と答えた。

何にしても、理由なしに慣例としてやっていくことはよくない。

間違った解釈のまま伝えられてしまうこともあるから。工夫も代替方法も考えないし。

看護ケアにしても、根拠を理解していたり、自分なりの考えがある看護師が

今後、学生や新人など後輩指導をしていけば、よい病棟になるのではないかと。

師長・病棟長ともに大きく同意。

具体的に名前を挙げさせられ(良い評価なので躊躇はしなかった)

3人の中で評価は一致。その看護師を伸ばしていく環境を作っていきたい。

とりあえず、病棟の看護師のボス・医者のボスと思いを共有できたことが一番の収穫。


思い返せばここまで来るのに、いろいろあった。

もちろん関係の好転には、このボス2人の元々の人柄もあると思う。

でも、最初はこんな話できなかったし、衛星さんとか不信感満々で嫌ってた時期もあったし。

ここまでの信頼関係築くのは簡単じゃなかった。

自分自身への評価として、患者に対して家族のように接するところがすばらしいと。

最初はチャッコンな(テキパキしてる)奴だってだけだったのに。

その評価は、素直に嬉しい。きちんと評価してもらえてることも嬉しい。


そういう意味で、まあ無駄ではなかった1年3ヶ月があるなら、

外科病棟には最初で最後のボランティアになるかもしれないから

何かの形で自分の分身を残したいなと。

そういう贅沢な思いもでてくるんだけど、今の自分の立場は葛藤が多い。

いろんな意味で。控えめが一番いい。

こういう形でこのタイミングで自分が配属になったんだから、運命と思ってもらうしかない。

でも、自分はいなかったものと思ってもらいたい、忘れてもらってもいい、という気持ちから

こういう変化があったのもこの2ヶ月辛抱した結果。

熱くなりすぎず冷めすぎず。

自分で作った転機だということだけは自信にしたい。

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