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派遣1年4ヶ月目に突入。

ここ2週間くらい不眠。この3日はいろいろあってほとんど寝れてない。

さすがに眠いかな…

お腹の調子も全く改善なく、むしろひどくなってる気がする。体力消耗中。

特に食後にテンションさがってしまうね。

活動だけで言えば、自分の中で折り合いがついたことが多くてストレスは減ったけど、

体のほうがついていかない、そんな感じ。

最低気温0度の日も。まだ10月ですけど・・・



誰かが困っている時、苦しんでいる人がいる時、相談された時、自分は何ができるだろうと考える。

相手の求めていることが分からなくても、できることがあればしたいなと思う。

相手に何か言われなくても、何かできないだろうかと考える。

自分に少し負担がかかってでも、辛い思いをしているのを見るよりは、

その人の笑顔を見たいなと思う。

それは、時に偽善であり、おせっかいであるのかもしれない。

時に相手に負担をかけることも分かってきた。

でも自分はそういう風に生きてきた。


100歳になるという聖路加病院の日野原医師は子供達に「命の授業」をしている。

『命』をどう伝えるのか。授業の中で語られている言葉をこの前読んだ。

いのちは見えないし、さわれないし、感じられません。
いのちはどこにある?

じゃあ時間は見える?
昨日も今日も見えないけれど、寝たり、勉強したり、遊んだりするのは、
きみたちの持っている時間を使っているんだよ。
時間を使っていることが、きみが生きている証拠。
時間の中にいのちがあるんだよ

人のいのちを愛する人間になってほしい。
大きくなったら、きみの持っている時間を人のいのちのために尽くしてはどうか



この記事を読む前に、漠然と考えていたことがあった。自分の思考パターンについて。

持ち金が100円しかなくて仕事がなくて家もなくて…って状況だったとき

一銭もお金を持っていない人に出会って、助けてくれと言われたら

持っている100円をあげることができるか。

そう聞かれたら自分はできないと思う。

でも自分だったら、見捨てることができない。特にその人が自分にとって大切だなと思う人だったら

その人もご飯を食べて寝る場所を確保できるように、一緒に考えるかなぁと思った。


こういう究極の場面じゃなくても・・・

自分の時間を人のために使うことになんの躊躇もないなぁと思った。

日野原先生の話を読んで、自分の価値観を文字にすることができた。


活動を始めた頃『ボランティアはこうあるべき』みたいな理想像の中に、

押し付けはだめ(自己満はだめ)、自分がいなきゃできない状態にしちゃだめ、

後からくる支援者のことも考えとくほうがいい、

日本人のイメージにつながることを想定し言動に注意しないとだめ

っていうのが頭の片隅にあった。

だから自分がこうしたいなって思ったときも、その理想像に左右されて、

自分自身を抑圧していた。

やりたいことをやるだけじゃだめだと、自分の行動がその後どう影響するか

ホントにいろいろ考えて直感で行動しないようにしてきた。

でも結局のところ、価値観なんて他人に合わせられないわけで、

何が正しいのかもわかんないし、自分の作った理想像はただただストレスなだけで…


窮屈なことに気づいてやっと思えた、その時にやりたいようにやろうと。

実際パフタでスタッフが少なくて困ってる状態で、

手伝ってあげたいなーと思えば、残業もするし休日出勤もするし。雑用もするし。

逆に、ちょっと疲れたなと思えば、平日でも休ませてもらうし。

ウズ語で仕事するのは自分にとって大変(というかかなり体力消耗する)。

だからご飯を食べなくても1回は病棟の外にでて休憩したいんだ、と言えるようになったし。
(少し前までは昼休憩をとれないスタッフに気を使って、他の病棟に行くとか嘘でも理由つけて出てた)

理由があってしたくない仕事はしたくないって言うし。

今日はこの患者さんにこれをしてあげたいな、と自分の思うケアを提供する。

担当の看護師の邪魔はしないけど、協力してくれなくても1人でもやりたきゃやる。


自由に動けるポジションだからこそだけど、まあ、これが自然だなと。

自分のやることに関心を持ってくれても持ってくれなくても、必要だと思えば自分がやればいいかと。

その時必要だと思えば報告するし、その時必要だと思えば助言するし。

だから、全部『その時』思ったことを実行することにした。

当たり前のことかもしれないんだけど、自分は先のことを考えすぎるから、これが自然にできない。


最近、やっと『その時』の自分の気持ちのまんまに行動できるようになった。


間違ってることはない。正解もない。

自分の価値観で、いいと思うことをやろうと。

少なくても、自分は他の人が不幸になることをしたいとは思ってない。

人の命のために自分の時間を使いたいと思っている。命を愛する人間になれている。

だから自分の思ったことに自信を持っていいじゃないかと。
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