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2011.10.11 活動の話
キルギス旅行記を少しお休みして、活動の話。



結局1ヶ月の長期休暇という形になってしまったが、今週から再出勤している。

ドクターも看護師も、飛び上がってと言っても過言ではないほど喜んで迎えてくれた。

いてもいなくても、業務にはなんら支障がないと思うが、こんな日本人でも

日々の仕事の張り合いのひとつとして温かく受け入れてくれていることには感謝したい。



パフタ摘み取り労働のため、スタッフの数も患者の数も少ない。

ところがいきなり急変にあたってしまった。


朝一でICUから受け入れた手術後の80代の患者さんが、

午後のオムツ交換中に意識がなくなり、すぐICUに戻したけどそのまま亡くなってしまった。

というか、意識がなくなった時点で、呼吸は正常ではなかったし、血圧も測れなかった。


痴呆のある人だったので、元の意識レベルが分からない。

病棟で家族もずっと付き添っていて、本人は病棟にうつってすぐに爆睡してたから、

時々様子みる程度で、あまり積極的に話しかけなかった。


オムツ交換に呼ばれたときに、泡を吹いていて、変な呼吸をしていた。

ICUから病棟に転棟してきた時は、目線は合った気がするし、何かしゃべってた。

だから、この意識レベルはおかしくない?呼吸変じゃない?って言ったけど、

看護師も家族もいつからこうなのかって分かってなくて…自分の質問にピンと来ない様子。

血圧変動を懸念してそんなに動かしたくなかったけど、マットレス交換の方法で意見が合わず、

結局サニタリカの強い指示で、新しいベットに移動させることに。かなり大掛かりな移動。

きれいにした後は、看護師もサニタリカもすぐに去ってしまった。

案の定、血圧も測りにくくなっていて、若干低下。

なんかおかしいってずっと思ってたので、家族にいろいろ質問して体を見せて、

その結果、なんかおかしいって思った家族がドクターを呼びに行った。

ICUへの移動は予測してすぐにストレッチャーを持ってきたり準備をしたけど、

ドクターの判断が遅い。迷ってる暇ないんじゃない?って状態だったのに。

モニターもないから、ずっと脈拍触知しながら付き添ってた。

もともと十二指腸・胃潰瘍の手術後の患者さん。

ICUに運んで、まず何をしたかというと、胃管を挿入して胃洗浄。

出血が見られたので、それによる血圧低下でショック状態だったんだろう。


でも…っていうか、呼吸止まりかけてますけど…脈はかれないんですけど…

昇圧剤とか指示されてるけど、投与に時間もかかり、モニターも動かない。

自分が言ってもどうせ聞いてくれないから、黙ってみてるしかなくて。

ほとんど死線期呼吸になってる頃に呼吸挿管の準備が始まった。

挿入するころには、顎が固まってたし。

すでに体がすごく冷たくて、家族の気持ちを思って、腕をさすってたら

医者が『触るな』って。

なんで?触ったから、どうなるの?触らなかったらどうなの?

モニターがついてないから分からない。

でも、大きな動脈でも脈拍触れないし、なにより体の色に生命力を感じない。

こんな時、家族が傍にいさせてもらえないってなんでなんだろう。

ICUに運んで来る時も、家族がずっと付き添ってた。

そして、ベッドに移した途端、医者に罵声を浴びせた。

『こんなになるまでお前達は全くみにきてくれなかった』

それでも、処置のなりゆきをずっと廊下で見守っていて・・・

なのに、いつの間にか外に追い出されてた。



ホント、自分の勘の低下具合にはびっくりさせられた。

なんですぐドクターに言えなかったんだろう…

なんで看護師に傍を離れないように言えなかったんだろう…

処置の方法も、何でサニタリカの意見を通してしまったんだろう。

報告のタイミングも完全に誤った。


ウズベキスタンから気持ちが離れるあまり、患者さんからも離れていた気がする。

ベッドサイドで患者さんや家族と話をする機会をつくってなかった。

だから意識レベルがどう変化したのか、すぐにピンとこなかったし、強く言えなかった。

機械に頼らず、自分の眼と耳でしっかり患者を観て、異変を感じなければいけなかった。

おそらく、これはドクターも一緒。ベットサイドには一度も来なかったから。

看護師はもう1つの担当部屋が空になったので、半日掃除をしていた。

こんな重症な患者さんだったのに。

少なくとも、自分は重症感を抱いてたのに。


でも寿命のひとつかもしれないし、積極的な治療ミスがあったわけじゃない。

早く発見できれば助かったかもしれないけど、変わらなかったかもしれない。

悪い意味だけじゃなくて、ここはウズベキスタンだから。日本じゃないから。

自分から見て、効果的な処置がなされなかったのも理由があるのかもしれない。

宗教観からか何があっても『神様が望んだから』って思える人達。

だけど、誰かに指摘されると誰かのせいにしたがること。これだけは納得いかない。


翌日の今日、朝から医者の会議に看護師も集められて、なにやら話し合いをしていた。

昨日の患者がなんで亡くなったか、なにが悪かったかを追求していた様子。

家族からのクレームがあったらしい。

問題は、ショック状態(意識レベル・血圧低下)の発見が遅れたこと。

不平を言いながら看護師たちが話していたので、会議に参加してない自分にも説明してほしいというと、

『日本人の女の子以外は全然患者を観に来なかった。だからあんなに悪くなるまで分からなかったんだ、

 って家族が言ったらしい。だから、オゾダは悪くないよ。家族もそう思ってない。
 
 それより、最初にオゾダが測ったときは血圧90だったよね?合ってるに決まってる。

 私はそれをちゃんと正しく記録したわ。ドクターがみてないからいけないのよ』

と、妙なフォローを受けるはめに。

それより、そんな信頼いらないんだけど。そこまでの責任はもつつもりないし。

受け持ちなら自分で患者の状態把握したほうがいいと思う。それが上手く伝えられない。

その後も、何度も看護師と医者との間で話題にのぼり、そのたびに

『血圧測ったのはオゾダよ。だから合ってたに決まってるじゃない。

 オムツ変えてるときに、上を向いて泡を吹いてたからおかしいと思ったわ。』

あれ、看護師もドクターに報告してたのかな?タイムラグがあったけど…

あと血圧って変動するもんなんだって知ってるんだろうか。


らちがあかないので、師長さんにも聞いた。

日本ではミスがあったと思われたら、同じことを繰り返さないよう全員で共有するから…

どういう話をしたのか、問題は何だったと思っているのかを知りたい、と。

そしたら、ドクター達がちゃんと話し合ったから全て問題ない、って内容は教えてもらえなかった。

担当の医師の観察不足が問題だったということになったらしい。

前後の処置も蘇生処置も問題はあったと思うし、看護師は何を報告すべきだったか分かったんだろうか。


とはいっても、問題解決の方法に口を出す気はない。そういう気力はない。

残ってしまった自分の中のもやもやを、こうやって吐いていくしかなくて。


誰かのせいにするのは楽だし、誰かに注意すればすむかと思うかもしれないけど、

自分だったらどうかなとか、自分は何をすべきだったかなと、それを考える過程を踏まなければ

学習されないんじゃないかなと個人的には思う。

でも、それはここでは誰も望んでなくて・・・自分が拙いウズ語で伝えようとすると

結局、誰かを責める形になったり、自分が懺悔しているだけになってしまう。

トラブルがあったときに日本語でも上手く対処できないので、こういう時は黙っておくしかない。

多少なりと自分も責任を感じているから、もやもやしただけだけでこれは自分で解消していけばいい話。

でもこういう感じのところで『改善』ってどうやっていけばいいんだろうって疑問だけ残る。

問題を見つけて共有するとこまではできたとして、

誰かのせい、何か(国)のせいにするだけじゃ解決しないしね。



『何かあなたにニュースはないですか?』

と聞くと(こっちのコミュニケーション方法のひとつ)

『パフタよ。パフタしかないわよ。』

と、師長にため息をつかれた。

希望も野望も持たずに、いろんなこと諦めたらもっと楽に生きられるかな。師長も自分も。


長かった旅行記最後にします。

アラ・アルチャ

ビシュケクでの2日間をどう過ごそうか・・・

思案してくれたのはJOE隊長。風邪引き2週目に突入。

旅行中ずっと鼻水が止まらず、300枚もサルフィトカ(ナプキンペーパー)を消費。

そんな彼だがやっぱり冒険大好き!

市内から車で40~50分ほど行ったところにある山に登ろうぜ、と。

前日に予習したところ、ハイキングコースで道も整備されていると。

ふむふむ・・・いいよ!いこー!ってことで二つ返事で了解。


朝ご飯を食べ、ぼちぼち準備をしていると

『よーし、ワクワクしてきた!』と突然JOE隊長のスイッチが入った。

まだ体がガタガタな自分は体力がもつか若干の不安を抱えていたが、ワクワクを引き継いだ。

三菱デリカで迎えに来てくれた運転手はイワンさん。

キルギス語はしゃべれなくて、面白い英語(と普通のロシア語)しか話さない人だけど、

いろいろガイドしてくれ、いいおっちゃんだった。

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トレッキングシューズを履いていたため、それを褒めてくれた。

こっちの道を行ったほうがきれいな景色が見れるよと、マイナーコースを教えてくれた。

僕は太っててお腹が大きくてしんどいし、ここまでしか行かないよ、と途中で去っていった。



なんて難関コースを勧めてくれたんだ、イワンの馬鹿。

と思ったことは彼には言っていない。



最初の最初が運命の分かれ道。あぁ、サンダルを履いてくればよかった。

そうすればイワンもこの道は勧めなかっただろう。

反対側の道はウキウキハイキングコースではないか。

こちら側は、なんて険しく危険なトレッキングコースなんだ・・・

スパル隊長JOEはすたすた登る(時々振り返って待っててくれたが)

とんでもない山道だと、心の中でぶつぶつ言いながら…実際でてくるのは喘鳴。

標高が結構あるもんで、一番最初に呼吸がしんどくなった。

あそこの岩まで行ったら休憩ね、と10分毎くらいにへばった。


でも、そこで見た景色ったら・・・

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アルペニストオゾダ

自分の語学力では表現できない。

森林限界より上の上。絶対あそこまでは登れないよって言いながら登ってきた。

そこから見下ろす景色。澄んだ空気。リアルパノラマ。

登らないとわかんない。でも登ってよかった。


正直途中でリタイアしたけど。

ここで待ってるから行っておいでと送り出した、隊長を。

昼食休憩地点から、一かけのパンとカルバサを携え、すたすたすたすた登っていくJOE隊長。

結局頂上までは岩がごろごろして登れなかったみたいだけど。すごいな・・・

登った先からJOEが手を振ってたので写真を撮ったけど、望遠じゃないから全く分からない。

JOEを探せシリーズ。
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ほらほら、ここここ~

っていっても分かんないから黄色い矢印書いたけど、圧縮したら全然分からん(笑)




登りは2時間、下りは1時間。

しんどかったけど、楽しかった!としか言えない。マジで登ってよかった!



下山後はバザールまで送ってもらい、お土産屋めぐり。

旅行で自分のものを買うことは少ないんだけど、かわいいフェルト製品に魅了され、

たっぷり購入してしまった。
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ビシュケク市内観光

旅行最終日。

20時の飛行機なので、ほぼ半日時間をもてあますことに。

月曜だったため、バザールは閉まってるし、歴史博物館も休館日。

しかたないので衛兵交替式を2回見た(笑)
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1時間毎に10分くらいかけて交替式がある。

ということは、衛兵さんは1時間は直立不動な時間を過ごさないといけない。

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ふーやっと終わったっていう2名の衛兵と、今から1時間かよーっていう2名の衛兵。そして監督官。

3時間前の衛兵が再び登場してたから、1日2回以上の勤務っぽい。

この衛兵さんたちが守ってるものはキルギスのでかい国旗。この仕事だけは無理だな・・・



他にはショッピングモールに行ったり、先輩に教えてもらったカフェに行ったり…

あまりに時間をもてあましすぎて(でもお金はなくて)だいぶ早く空港に。

現地通貨を空港でゼロにして帰国。ぼらでぃ。

ちなみにキルギス通貨はソム。ウズベクの1ドル1800スムに対し、キルギスでは1ドル45ソム。両替後の札束の少なさが物足りなかった


ウズに帰って、ウズっぽーいって感じでめんどくさい入国手続きなどなど2時間かかり…

ホントくたくたで帰宅(?)したら、先に帰国してたK也がカレー作って待っててくれた。
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ま・じ・で おいしかったおかわりしたしね


ホントつくづく…2人には感謝しっぱなしの旅だった。


この場をかりて

キルギス隊員のみなさん、いろいろ旅行情報をくれたウズ隊員のみなさん

そして、JOE&K也 楽しい旅を本当にありがとう

なにより、すばらしい景色と最高の時間をくれたキルギス、本当にありがとう


ウズベキスタンから行ったからこそ、そして短期間の旅行だからこそ楽しかったわけなんだけど…

それでも、少し気分転換になった気がする。

やっぱり自分の目で見て耳で聞いて、感じないとわかんない。

行ってみないとわかんないことだらけ。だから行ってよかった。

同期隊員の元気な姿も見れたし。行ってよかった、会えてよかった。


自分の表現力と文才のなさに辟易するけど、これにて旅行記終了します。
2011.10.15 パフタ 1
他の隊員のブログでも書かれているし、このブログにも何度も登場している

パフタ 
   ウズ語で綿花という意味。

国家政策として綿花栽培が行われているウズベキスタン。

中央アジア1の栽培量・輸出量を誇る。ウズベキスタンといえばパフタ。秋といえばパフタ。

9月から11月にかけて、綿花を摘み取るため、多くの国民が労働にかりだされる。

病院も例外ではなく、医師・看護師・看護助手、全て労働力の対象。

(ウズの病院は、日勤は日勤、夜勤は夜勤を1ヶ月ずっとやる勤務)

最低限の日勤担当者だけ残し、若いスタッフは連日パフタに行っている【泊りがけ】

夜勤者はできるだけ速やかに朝8時半発のバスに乗せられ、パフタに行っている【仕事後】

監督官として交替で管理職はパフタに行き、日勤者は日曜日にパフタに行っている【休日】

つまり、ほぼ全員パフタに行っている。



大量の水を必要とする綿花栽培は、乾燥気候のウズにはむかないのでは?と誰もが思っているが

それでも国家政策として続けられていて、

水源となっているアラル海縮小という環境問題につながっていることも広く知られている事実である。

水が綿花栽培によって大量に消費されることで、国民がどれだけ大変な生活を強いられているかは

あまり知られていないのではないかと思う。

単純に水不足、塩害、水質汚染により、生活だけでなく健康への被害も無視できない。

それから、綿花摘み取りによる大量の粉塵や農薬の吸入、無休労働など

身体への影響は必ずある。みんな十分な給料をもらって、希望して働いてるわけじゃない。

だから、この時期、本当に気の毒に思う。そしていろんなことを諦めざるをえない。



今年は雨の日が多かった気がするが(といっても3ヶ月に1日とか)

ホラズム地方はパフタの出来が悪いらしい。とても少ないとみんなが言っている。

じゃあ早く終わるのか、というとそうではない。

しかも、今週半ば、なにやら看護師と師長がもめてるなぁと思ったら、

最低限の人数しか残っていない看護師を、さらにパフタ摘みに召集となったらしい。

どうしてですか?そんなに詰めるほど残ってないんですよね?

と聞くと、

少ないパフタを少ない人数で摘むとちょっとしかとれないから、たくさんの人を導入して

たくさん摘むらしいの。上から言われたから、看護師を出すしかないの。

と、全然納得していない顔で答えてくれた。内容は十分理解できたけど、全く意味が分からない。


というわけで、週後半は、いつもの半分の人数で勤務。ちなみに30床の病棟。

というか、看護師2人、看護助手1人+自分、というかなりありえない状況に。

元々マンパワーとして働いてきたつもりだけど、これがホントのマンパワーかと…

一切口だしはせず、とりあえず1日1日を無難に終わらすために働くという

ウズスタイルでこなした3日間。


面会者をさばく(面会料徴収・時間制限)っていう看護師じゃなくてもいい仕事も

担当者がおらず引き継げなかったので、夜勤時間まで残ってやらされた(師長の計らいで帰れたけど)

私この仕事嫌いです、って一応言ったけど。人がいないからどうしようもなく。

面会時間の制限もあるが、一度に病棟内に入れる人数制限もある。

だから、待ってもらわないといけないし、追い出さないといけないこともある。

ぶーぶー文句いわれながら、言葉がそんなに自由に操れない自分は耐えるしかなく。

でもね、みなさんがちゃんと自分で並んで名前を書いてちゃんとお金をはらって、

そして時間内に病室をでて面会を交替してくれればいいだけのことなんですよ(回数制限はないから)

と何度か言ったが、自分のことしか考えれてない人が多いので、ピンときてくれないのである。

だから、やっぱりこの仕事嫌い。


少しほっと息をついている時、この仕事を変わってといわれる。

ほっと一息つくまえは、どんだけ動いてると思ってんの!?とは言えない。

オゾダは黙って、だ。しかたないんだ。いつかは終わるんだ。



急変騒ぎの件とパフタの件とほかの諸々で、管理職が会議でどなりちらす日も多かった。

師長は全てをあきらめていて、自分達は休みもないのと愚痴をこぼす。

残った看護師は当然厳しい業務量を強いられるため、管理者の文句を言う。

あ、ウズ語が聞き取れるようになってるんだと突然感じたのは、

皮肉にも、みんなが言っている愚痴が全部分かるようになってたから。



そして発覚したのは、病棟内でもすこし浮いている一人の看護師が、

パフタへの増員騒ぎに便乗して、パフタへも病棟へも出ていないという事実。

患者の人数が増えてどうしようもなくて病棟に呼び出された看護師との話で発覚した事実。

おいおい…言葉もでないよ

2011.10.15 パフタ 2
パフタ摘み取りの時期のあれやこれやは2年目なので、あきらめてるけど

去年よりは少しウズ人の目線にたって考えるようになったと思う。

それではパフタ摘みの現場から生の情報をお届けしよう。

パフタの花は黄色い。この時期にまだ花弁が残っているということは、出来が悪いということか。
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蕾と綿
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種がきれいにわれていないと、綿もきれいに収穫できない。

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こんな風につまむと・・・

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スルっととれる。

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前にかけた袋のなかにどんどん詰めていく。終わり。

ひたすら単純作業。ちなみにパフタ摘み中の目線はこんな感じ。
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結構背が高い種類が多い。ちなみに膝下サイズのものもあり。かがまないといけないのでしんどいかな。

昼休憩をはさみ、日が暮れるまで。朝から晩まで単純作業。

楽しくはないかな…

おばちゃんたちは、積む量が半端ない。最盛期は日に50kg積むとか。
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半日ずつ、収穫したものを個々に重さを測定して、記録して集められる。
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ちなみに、自分は4kgずつ、1日で8kgだった。


初めてにしては上出来だといわれたけど、とても数10kgつめるとは思えない。


あのトラック乗ってみたかったなぁ。
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パフタといえば、秋になると隊員の間でつねに話題にのぼっている。

児童・学生が労働に借り出されてて、それをめぐっていろんな問題があるってことを

同期の教員隊員から話を聞いて、行ってるほうも大変だな、と漠然と。

病院では病棟に残ってフォローしないといけないので、それもきつい。

でも、1回は摘むほうにも行ってみようかなと休日を利用して行ってきた。


自分の中で思うところがあって、病院のほうではなく、同期クラに連れて行ってもらった。

1つは、病院でのパフタ摘みを隊員の活動のひとつとして思われたくなかったこと。

1つは、医療関係者じゃなく、学生や教員ともう少し話をしてみたかったこと。

エトセトラ・・・



朝、学校からバスに乗り込んでどんどん田舎に行くと、パフタ畑が見えてきた。

話には聞いていたけど、量が少ないっていうのは目に見えて分かる。

その原因が水が少ないからだと。

水だけは増やせない。この国では。ただでさえ生活用水も不足している。

それでもパフタを続けていくしかなくて、国が続けるから従うしかなくて…

ってそういう循環が、国民のためにも善いほうに向けばいいなと。向くのかなと。

バスに揺られながらウズの産業や環境について思いめぐらせ、少し胸が痛んだ。


パフタ摘みにはノルマがある。学校や病院単位で。

出来が悪いとか関係ない。だからひたすら淡々と摘むしかない現状。

教育を犠牲にしてでも、生活を犠牲にしてでも労働に借り出される現状。

なんらか理由をつけて賄賂を払って、行かない人がでてくる現状。

これが今のウズベキスタンの現実。


自分は、結構必死に摘んでも8kgだった。

ホントにノルマが課されたら、追い込まれちゃうなぁと。


一緒に摘んでた学校の職員達は、雑談しつつ自分の作業状況も気にかけてくれ

綿の多い場所に連れてってくれた。

クラのカウンターパートのオイベック。
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彼はホントいいやつ。優しいし努力家だし。

きっと、この日は来るつもりがなかったと思うんだけど、自分が行きたいって言ったから

来てくれたみたい。1日で7kgだったらしい。

彼みたいな人がカウンターパートだったら、活動が楽しいだろうなと思うけど

仲はいいけど一緒に活動してるわけじゃないっていう、これくらいの距離感も楽でいい。



パフタも体験しないと分からない。

いろんなことを考えても解決するわけじゃないけど。

自分にとってはただの単純作業にはならなかった1日。


でも、久々ウズ人としゃべるのも楽しいなと思った1日。


パフタ収穫作業編 終わり。
2011.10.16 パフタ 3
勢いでいきます。しつこくパフタ。『パフタ摘みの1日』編。

実は、パフタ摘み2回行った。

1回目、同期クラの大学と近くにある医療専門学校が合同だった(ノルマも一緒にこなすっぽい)。

2回目は、その時仲良くなった医療専門学校の人たちと一緒に。


パフタの時の昼食

1回目の時は断ったけど、一緒に来てほしそうだったので監視係の人と午前中は昼食作りを手伝った。

作るのは毎回シャウラという料理らしい。

中央アジアにはプロフという油で炊いた炊き込みご飯みたいなのがあるんだけど、

それの水分が少し多いやつ。ホラズムでは具はにんじんとたまねぎとお肉のみでシンプル。

と思ってたけど、とうがらしも少しだけ入れてるみたい。

食感は全粥くらいだけど、油の量が半端ない。

60人の作業員分のシャウラを作る。

まず、泥井戸水で洗った6kgのにんじんをひたすら剥いて、削ぐ。
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たまねぎは10個くらい。肉は片手1杯くらいだった。

大なべに肉とたまねぎとにんじんをいれ、具がつかるくらいの量の油でいためる。3Lくらい。
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このときの燃料もパフタの木を乾燥させたもの(綿付)

油もパフタ油のことがある(自分はこの油とは相性が合わない。今回はひまわり油だった)

米7Kg。手作業でゴミをとって、井戸水で軽く洗って、鍋に投入。
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その後、鍋が満タンになるくらい井戸水を入れる。

味付けは塩のみ。片手1杯は軽くいれる。その後は味をみながら、調理人の好み。

20分くらいすると米が柔らかくなって食べられるようになる。

調理場がはなれていたので、大きな器にうつして車で運ぶ。結構大胆。
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60人分っていったらこんな量。

大皿に盛られ、配られる。

パフタ摘みに来ているひとも個々にパンやら野菜やら魚やら果物を持ってきてピクニック気分になる。
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あぁ、いつも食べているシャウラやらプロフはこうやって作られていて…

1回目の時もそうだったけど、どろどろの手のまま手づかみで食事をして…

泥水で育った川魚の揚げ物を断れずにたくさん食べて…

そりゃ寄生虫もわくわ、って思った。

赴任したてのころは、家でのパーティーとかでも遠慮しちゃってたけど、

もう慣れて、お腹が苦しくなるまでは黙って勧められるままにいただくようになった。

そりゃ寄生虫も住みつくわ。

なんかいろいろ悟って諦めた パフタでの昼食のひと時。



表彰

昼食は管理職っぽい人2人と作っていた。

この日は作っているときから、しょっちゅう電話がかかってきてて、なにやら2人で相談したり…

自分は黙々と目の前のにんじんをさばき、洗い物をしていたが、

肝心の鍋での作業は2人がいないとできない。なので、この日の昼食は30分遅れてしまった。

なぜ、昼食作りに集中できなかったのか、理由は昼食後に判明。

ディレクトル(おそらく校長)とホキミヤット(市役所)の人が来ると言っていた意味が分かった。

この日はひとつのイベントが行われ、昼食後に全員集められた。

輪になった作業員の中から数名が名前を呼ばれて、なにやらプレゼントをもらっている。
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とりあえず、全部写真撮ってと言われたけど、スピードについてゆけず…



あとで何をしていたのか聞くと、表彰式だったと。

何の表彰かというと・・・


パフタをたくさん摘んだで賞


なのだそうだ。

ほー・・・

仲良くなった人ももらっていたので、話を聞くと100kg摘んだそうな。

それは1ヶ月で?なのだろうけど、綿100kgって結構あるよ。

1回目の時も午前に集中して摘んでノルマに近づけ、午後はのんびりやる人が多い中

めちゃめちゃ一生懸命摘んでる人が数人いた。

彼女達はたくさん摘むのよ、あんたはこっちでのんびりやりなと言われてよく意味が分からなかったけど

表彰されたいがためにがんばる人もいるのね、ということも理解した。

とはいっても、ノルマを達成しなければいけない管理職が、何kg摘んだか一人ひとり確認する。

だから、表彰されなくてよくても、さぼるにさぼりきれない部分はあるみたいだけど…


パフタで出会った人たち

親戚やでー、4人で写真撮ろうといわれて、よく分からないまま写真を撮った。
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その後話を聞いてみると、彼ら3人は韓国(朝鮮)系の民族ということ。

専門学校の中は数人しかいない(しかもウズ語が下手らしい)からか、

ウルゲンチでもめずらしい日本人まで現れたもんで、ウズベク系の学生たちが面白がっていた。

あー確かに・・・みんな一重だね(笑)言われるまで気にしなかったけど。

確かに韓国系だね、3人とも。


午後は彼らと一緒に話しながらパフタを摘んだ(今研修医レベルの医学生)

看護師や医師と話しているより、建設的な話ができて楽しかった。

人目みて外国人、そして職場の人間じゃないのに、みんな温かく接してくれ

ホスピタリティあふれる国であることを実感。


1日目 全然知らないのに、これもあれも食べなと一緒に食事をしてくれた人たち。
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次も自分が来るのを心待ちにしていてくれた、専門学校の職員のみんな。

2日目 一緒に食事を作ったサヤーラ(真ん中)と専門学校の職員。
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日本でね、全く知らない団体に一人で乗り込むのは勇気がいると思う。外国人の特権だな。


帰りのバスは出発するまでダンスで盛り上がっていた。みんなタフや…
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パフタに作業員をつれていくバスは許可証がついていた。
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許可証-2011年パフタ号。


学生や若者は泊りがけで作業に行くが、その時は警察が道路を封鎖し、パトカーが先導し

何台ものバスやトラックが連なって現場に向う。

どれだけ国が力をいれているのかがよく分かる。



パフタについてブログを書いていて思ったけど

結局のところ、自分はいろいろ考えすぎ。パフタに限らず。

ウズのことなんて自分が考えてもしょうがないって知ってるんだけど。

まあウズのことに限らずだ。

考えすぎ。先読みしすぎ。何でも真剣に見すぎ。真剣にやりすぎ。感想もちすぎ。

パフタに行って記事書いただけで、こんなことまで感想にもってしまうほど無駄に考えすぎ。

もっと適当でもいいじゃんって自分に言いたい。

何も考えずに過ごす日があってもいいじゃん。



いろいろ分かって、いろいろ分かんないな。



なんかいろいろ・・・いろいろだな。



あぁ、パフタ。
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