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2011.07.12
最近の頭の中は、もっぱら水のことばっかり。

1つは飲み水。
40度を余裕に超えて50度近くになり、また乾燥しているので、
ちょっと仕事するだけで体がカラカラになる。
喉がカラカラになった時点で、体がカラカラなのが分かるほど。
そんなに定期的に休憩がとれないので、気づいた時に脱水ぎみで
気分が悪くなったりはしょっちゅう。

病院での勤務は危険だー。
1.5Lは余裕で一気飲み。

朝起きた時の喉が張り付くほどの渇きもどうにかしてほしい。


そして病院の断水。
出てる時のほうが奇跡。
なのに、誰も貯水をしない!!これは赴任当初からの悩み。
ついでにペットボトルもすぐに消える。ブラックホールがあるようだ。

空ペットボトルをさがして、水が出てるの見つければ
せっせと水汲みをし…
なのに大事に使ってはくれず、自分が使う前に空になり!
マイペットボトルを持ってくれば、いつの間にか
ドレーンやカテーテル入れる容器にされてるし!

今断水やから、この処置とこの処置は後回しで…
って全部できんやん!
と一人でノリ突っ込みな毎日。

そのおかげで、職場での活動もテンションも
ランダムに出てくる水に振り回されていた。

開き直って、何もしない…っていうのも考えたが、
そういうわけにはいかないのが現実で。

もっぱら、近くのオシュホナから空ペットボトルをもらってきて、
井戸から水を汲んで、必要な病室と処置室の水道の下に置く作業が
ルーチンワークに。
その水、持って行くとスタッフはたいてい飲んでいる…
手洗うのに使ってってば。


で、家に帰ってからどうかというと…
今までも断水は普通だったが、あくまでも【断水の時間】だった。
この時間にかからないように、早めに用事を済ませる程度で
対応できていた。

引越し当初もそうだったのに
今は、完全に【水の出る時間】に合わせた生活にシフトしてしまった。
運のいいときでも、
早朝5時~8時の間1時間、夜5時~6時の間1時間
だけしか水がでん。
全く出ない日も続いた。
出始めたと思ったら停電とか(停電すると水もとまる)
出てくる水は全部汚い。どんだけ待っても汚い。
これが7月始めからずっと。

2日風呂入れず、汗だくで朝5時からスタンバって、水の音が聞こえた時、
反射的に一番に頭を洗った(笑)
患者さんの気持ちがよくわかるよ。

休日なら洗濯、掃除、皿洗い、食事の準備、貯水…
優先順位考えて、この時間に合わせてめちゃめちゃ動くけど、
無常にも10分で水が止まるっていうのもしばしば。
平日は仕事に行く時間までにでなけりゃチーンだ。

この断水が始まった途端
一番近い井戸が壊れて、また、ここまで断水が続くのもあまりないらしく、
近所のウズ人もみんなバケツやペットボトルをもって途方にくれていた。

歯磨きと野菜を洗うのはきれいな水がいいのでミネラルウォーターを使い、
あとは汚い水で我慢していた。
が、それも限界だったので、最寄のバザール近くにある井戸まで通った。

最近、近くの井戸も直った。
毎日とことこ通い、長蛇の列に並んで、5Lペットボトルに水を汲み
4階まで何往復も運ぶ作業が日課に。
結構な重労働で。

病院で仕事をすると、かなり汚れる。汗だくになる。
白衣も体も毎日洗いたい。
でも、家に帰っても水が出るかわかんない。
貯水での作業は気をつかう。
もっとばさーっと水を使いたい。

井戸水はすごく冷たくてきれい。
あればホントに助かる。
窓際に置いておけばお湯になるし。。。

でも水汲みが日課に加わるとかなり疲れることが分かった。

水、大事!一生無駄遣いできない!
どうやら冷蔵庫が壊れたみたいで、中身が全部くさってショックなオゾダです。

停電の影響で冷えないのかと思ってたけど、冷蔵庫がアカンかった!

あ、水は昨日くらいから出る時間も量も若干増えて、マシになりました。

でも水も電気も最小限でいけてるから、日本でも節約がんばろうと思います。


こういう国にきてるんだから、そういう環境はまあ仕方ないにして…

なんでか、引き寄せてしまうらしい。

何を?



霊!?



いやいや、困ってる人を。寂しい人を。


炎天下の中、飲みすぎて倒れた脱水状態のおじさんを2人ひろったり。

抱えて連れて帰った。

見てみぬふりなら、しようと思えばできたけど。


それでも隣の人にはそうはいかない。


先日、夕方突然の訪問。

『あなた、ドクターなの!?』

いやな予感・・・

いえいえ看護師ですよっていうと、そんなのはどうでもいいみたいで

『子供が熱出してる。みてほしい』

有無を言わさず、家に連れて行かれる。

11ヶ月の男の子。見た目はぴんぴんしてた。

熱はあるけど母乳もしっかり飲むし、大丈夫そう。

尿や便の量や正常も問題なさそう。

とりあえず注意してほしいとこだけ伝える。

で、明日病院に連れて行ってください・・・



話を聞くと、旦那がロシアに出稼ぎに行っててあと8ヶ月帰ってこないらしい。

いつも女の子が2人いるから、てっきり娘だと思ってたら

お母さん、自分と同い年。2人の女の子は妹(か姪か従姉妹)らしい。

1歳に満たない息子との生活が寂しくて、2人の妹に交替で来てもらってる。

この妹たち、ホントよく働く。

日本ではこういう時は姑か実母が手伝いにくるんだろうけど、

この2人は、立派にその役目を果たしてる。

しかし寂しいというところは変わりなく、どうやら私に目をつけたらしい。

突然呼び出されたにも関わらず、話相手になってしまった。

アルバムまで全部見せてくれた。



若干疲れて早く寝たのに10時過ぎにたたきおこされた。

子供の熱が40度まで上がった。

たしかにぐったりしている。

病院の先生に注射するように言われた。だからして。と。

いやいやいや・・・無理無理。

押し問答を繰り返すも、この母子を見捨てることができなかった。

医者に指示された薬。薬の本と辞書を駆使して調べて確認。

量がただしいか、筋注でいいか何度も何度も医者に確認。

免許はあるけど、ウズの病院で働いているとき、基本注射はしちゃだめ。

薬の種類がちゃんと分かってて、かつのっぴきならない状況に限られる。

これはのっぴきならない時だと思う。

なのにこの後ろめたさ。罪悪感。不安感。

朝6時にも起こされた。

もうだめ、後にひけない。

自分で作り出してしまった、後にひけない状況。

自分の倫理観は間違ってるのか?

看護師になりたくて看護師になったんだけど

こういうときは医者であったほうが悩まないんだろうなと思った。

けっして法律をおかしたわけでも悪いことしたわけでもないけど
なんか、懺悔な気分。ホントによかったんですか。他に方法はなかったんですか。




2日間これを繰り替えし、やっぱりなんかの感染の疑いが強いので

点滴をしに入院することになり、先ほど見送った。

往診制度とかなくて、近くに看護師が住んでいれば何でも家で処置をする。

いろんな事情があってしかたない。それがここ。

でも病院で治療をすることを医者が指示し、

母親が決断してくれたことに安心。

というか、がっつり肩の荷が下りた。


病院でも振り回されすぎて、ぐったり。

明日休みやし…と思ってたけど、まだ木曜だったとさっき気づいた。



自分が引越してきてから、隣の玄関のドアは常にオープン。

自分が出入りするたびに、顔をだして声をかけてきてた。

適度な距離を保ってお付き合いしようと思ってたけど、

なんかがっつりになりそうな予感。結局・・・こうなんだね。




・・・うわぁ、しかも、今ねずみ見つけてしまった。

やっぱり、うちんち、ねずみ居るわ(><)

日本に一時帰国されていたYさんが、すばらしい
おみや
を持って帰ってきてくれました。

オゾダだけ日本に帰らないので、いっぱい買って来てくれました。
なので、今週は日本食祭だった
IMG_5315.jpg
マジやばかった!イカ明太。
冷蔵庫壊れて、くさりかけちゃったので3日で完食。

あぁ、日本のドレッシングってこんなにおいしかったのねぇ・・・

抹茶が大好きなオゾダのために、抹茶のお菓子も買ってきてくれました。
もったいなくて、食べれない…
今はモモの家の冷蔵庫でお留守番です。

明太子もありました。
ゆっくり味わって食べたいけど、生ものだから賞味期限がね~…ってぼやくと、
それがいいんやで
ってモモに言われました。

そうだな、久々に食べるから感動するんやもんね。
ひと時の楽しみだったけど、幸せな気持ちになれました。

Yさん、ありがとうございます。
今日は朝から水が出たので、絨毯を洗いました


絨毯を洗うって!?


なんでこんな砂大国ウズベキスタンで、絨毯の文化が発展したのか
分かりませんが…
ウズの家は絨毯が敷き詰められています。

掃除機ってホントに便利だったなとつくづく思わされる。

マジ掃除大変っす!

絨毯はがして床を掃いて、拭いて・・・
絨毯の上を濡らした箒で掃いて、雑巾がけ。
だいたい毎週末は、こんな感じで掃除してました。

しかし、引越し後の家は、前の住人が出て行ったまま。
とても素足で歩けないほど汚い絨毯だったので、洗いました!

ウズ人は、道路で普通に絨毯広げて、用水路の水で洗います。
家族総出で。

でもオゾダは独りでそんなことする勇気も気力もありません。

なので、お風呂場でせっせと洗っているのです。
P7170257.jpg
本日は4枚目。散らばってるの、ゴミです。ブラシでこすって取ります。
家の中は裸足で歩きたいので必死です(笑)

でもかなりの重労働です

やっとこさアパートの階段の手すりに干して…
なんか息切れがすんなぁと思ったら、
金曜日の夜、明太子ごはん食べてから、ご飯食べてませんでした

昨日買いたいものがあってヒヴァに行って、アイス食べたっきり。

でも…午前中いっぱいは家中の掃除しました。

あと、出張の準備。
荷物、思ったよりすくな!

冷蔵庫が使えなくて腐りそうなので、やむを得ず・・・
①せっかく作ったチェリーのコンポート。
 飲みきって、残ったチェリーをジャムに!
 さくらんぼやぶどうのジャムってあんま見たことないけど
 種だすのが大変なんだね…
 でも、めちゃおいしく仕上がって感動です

②ウズベキスタンの保存食を作りました。
 トマトとピーマンがメインです。これはまた紹介します。
 
③あと、冷凍庫が冷蔵庫代わりに使えてたので
 無事生き残ったもの達を
 モモちゃんちの冷蔵庫に移させていただきました。
 5日間電源ぬいておかないといけないらしいので・・・
 帰ってきて使えるといいなぁ。

あ、冷蔵庫の中なにもなくなっちゃった。

食欲がホントでなくて、ご飯どうでもよくなっちゃう夏。
こんなんじゃいけん。

首都に行っておいしいものいっぱい食べるのだ

IMG_5254.jpg
うちは、4階で眺めがいいです。
夕日は暑いけど、ボーっと外を見るの好き。
これ、8時半です。ウルゲンチは日が沈むのが遅い。

さて、残しといたラーメンでも食べるかね。
派遣後1年経って、ビザとアクレージカードの更新のため
1週間 首都に滞在。

月曜日朝、ウルゲンチを飛び立つために乗り込んだ飛行機はプロペラ機。
定員40名。暑い機内。
やっとエンジンがかかって走り出したと思ったら、飛ばずに停止。
Uターンして、また助走。
飛べれんかったんかい!
やっとこ飛び上がって上空で急旋回。気分悪ぅー。
機首をあげたまま、やや右下がりの姿勢を維持し、2時間。
低空飛行で飛び続けた。
気流の影響があったのかわからないけど、終始不安定な飛行。
新手のアトラクションにのってしまったようだ。

なにはともあれ、無事に到着。同期とも無事に再会。
久々に全員で食事をして楽しかった。

夜、カメラのフラッシュのごとく稲妻が走る。
かなりまぶしい稲妻。
ついで雷鳴もとどろく。轟音で。
近くに落ちたみたい。


火曜日夜12時すぎ。
疲れた体をベッドに沈めてうつらうつらしていると、突然の横揺れ。
大きい地震が来てる!って思ったのに体が重くて動かない。
みしみしめきめきと音をたてるホテルの部屋。
結構長く続いた回転するような揺れ。
ここは15階。ウズベキスタン。
絶対逃げれない。下手したら崩れる。
恐怖心とともに抱いた諦めの感情。
大きな揺れがおさまったと同時に、廊下を走ってみんなが逃げている。
小さい揺れが続いたけど、睡魔に襲われて外にも出れなかった。
諦めの感情に支配されてた。

翌日知った。M6の地震だったと。
前の小さな地震も首都出張中だった。
1966年のウズベキスタン大地震で、首都タシケントは壊滅。
それでも変わらないレンが作りの建築様式。
絶対崩れるのが分かってるのでウズ人は大パニックだったみたい。
ホテル、崩れなくてよかった。
みんな無事でよかった。


雷、地震・・・次は何が来るのか。


水曜日朝、エレベーターも1階のホールも警官がいっぱい。
何事!?事件でもあったのか・・・

朝ごはんを食べに行くと、おまわりさんたちご飯食べてた。
宿泊してるみたい。多すぎ!
プライベートでも制服着るみたい。まぎらわしい。

この日の夜からホテルのロビーはパキスタン人であふれた。
ものすごい量の団体客。
夜中までずっとロビーを占領。みんな何してんの?

翌日木曜日朝、朝食開始時間30分後くらいに行ったのに
ご飯がほとんどなかった。
大量のパキスタン人、バイキングの食べ方間違ってます。
荒れてます。かなり荒れてます。

怒涛のようにバスに乗り込んで帰っていった。


毎度のことながら、部屋は違うのにシャワーの調子が悪い。
ついでに部屋の電気もつかない。
でも、直してもらったり部屋を変えてもらおうとは思わない。
閾値が高くなったようで。


首都での生活は断然快適。
でも今回は大荒れな移動&ホテル生活だった。


無事にウルゲンチに帰れるだろうか・・・


いやいや、もっといろいろあったので
帰ったら真面目にレポートします。
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