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首都から帰ってきて、ウルゲンチはまだ氷点下だったけど、
室温も10度下回ることがなくなり、日が長くなってて…
ウズベキスタンの短い春の兆しが少し見えてきた

自分にとって
出来事を記録に残す、ブログに書くということは、
少なからずその出来事に関して自分なりに整理するということで…
良かったことでも悪かったことでも
ある程度消化できた時点で、やっと文章にすることができます。
というわけで、面白味もない記事ばかりで
なんのためにもなりゃーしないブログになってます。



今回の5日間の首都滞在。
最初から最後まで緊張していて気持ちに余裕がありませんでした。
それに加え、
いろんなことがありすぎて、自分の中で吹っ切れてない部分が
たくさん残っています。


その中でひとつだけ。


保健省傘下の医療系隊員は、3ヶ月に1度、保健省に赴いて
活動報告をする必要があります。

保健省のトップの人にお会いできるので
自身の活動で困っていることや問題などがあれば、言ってもいい場になっています。
それでも言葉を選ばないと、配属先の看護部長が怒られてしまうことも多く、
それを懸念し、とても言える雰囲気ではありません。
といっても、このトップの人が直接解決できるだろうことも限られてはいますが。

前回は、今後の活動については話せることがなく、
こんなことしてます、外科の看護師と一緒にがんばりたいです。
としか言えなかった。
でも今回は、今後やりたいことが少し具体的になってきてたので、
こういうこと教えていきたいと思ってます。と付け加えてみた。

問題については聞かれても答える気がなかったですが、
相手から聞かれた問いは
『あなたは、ここの看護師から何か学ぶことがありますか』

なんか、うまく表現できないけど、
胸の奥が冷たくなるような
痛いところをつかれたような
言葉につまるというのがぴったりな心境。


初日に受けたこの質問に
さらに衝撃を受けて、丸1週間考え込みました。


初めのころは文化も教育も法律も違うこの国のこと
少しでも理解したいと思って、いろいろ聞いてました。
もちろん語学も含め、教えてもらうことばかりでした。

そういう気持ちが少しずつ薄れてきていることに気づいてました。
別に自信過剰なわけでも、上から目線なつもりもありません。

なんでこんなことしてるんだろう、間違ってるのにって思ってたことを
日本と違うだけなんだなと思うようになりました。

でも最近は

ここは日本と違うなってことを、変えたいとは思わなくなっています。
何が正しいか分からないから。

ここはいいなって思うところを吸収しようとは思わなくなっています。
違う文化(日本)で通用しない気がするから。

正直、しかたないというか、諦めの部分が強くなっていると思います。

仕事も増やさず、物も使わずに看護の質をあげるって…
質が満足感につながるのなら、誰の満足のためなんだろう。

それでも今やりたいことはあって、
教えたいこともあって、
知りたいこともあって、
変えたいこともあって、
自己満足にならないようにうまくバランスとりながら
ひとつでも自分にできることはないかと奮闘している。


こうした自分の中の矛盾した気持ちに苦しんでるんだなと気づきました。


物もあふれている、最新の知識や技術も学ぼうと思えば学べる
そんな日本の教育しか受けてなくて…
昔の日本も知らなくて…

同じ目線にたとうと思っても、分からないんです。


たった2年。

自分がいたことの形は残せなくてもいいやって思う反面
せめて自分が何か得て帰らなければという焦り。

なのに、今後、ほぼ役に立たないだろうウズベク語+方言に苦戦し
技術は衰えていく一方。

半年前の自分に比べて、今の自分が成長しているとは思いません。
でも、半年間ここで、ウズベキスタンの人と一緒に
一生懸命働いてきたからこその気持ちだとも思います。

この国のこと、表面だけを見ていれば、
活動が自己満足でよければ、
こんなに悩むこともなかっただろうと。

成長するか退行するか、どちらにしても
今の自分の気持ちが変わる可能性もあり
間違っているわけでも正しいわけでもなく
ひとつの事象として
今後の自分のために残すことができるかなぁと。
今の自分も、この悩みもありだったんだと思える日が
くればいいなぁと。


1週間考えて まとまった気持ち。
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2011.03.08 国際女性の日
日本にはありません。
3月8日
知ってました??

でも、他の国の話を聞くと、お祝いの日になっている国がほとんど。
雰囲気は逆バレンタインデー。
意中じゃなくてもですが、男性が女性にプレゼントしたり食事をご馳走したり…

昨日は朝から男性にも女性にも
おめでとう
と言われまくりました。

言われたらありがとう、おめでとうと返さなければいけない。
おめでとうなんて、日本じゃ誕生日と正月くらいしか言わないんだけど、
こっちはなんでもおめでとう。
男性の日おめでとう
教師の日おめでとう
女性の日おめでとう


昨日は病棟で、ドクターが看護師達を食事に招待してくれたそうで
午後3時からパーティーがあるよと。
これまた朝から浮き足立っている看護師達。
みんな化粧ばっちりで、指輪もつけて
髪もチロイリー(美しく)にして…
ホントみんな美しいですねー

もちろんのこと自分も
当日朝になって
パーティー行きましょ。
ウイナミズ(みんなで踊りましょう)
とか言われて誘われました。

自分は仕事しにきてんだから、チロイリーにしてきてないよ 
別に踊りたくないしと朝からテンション下がる。


それに首都での疲れが残ってて、かなりだるかった。

しかも出勤して、なんか動悸がするなぁと思っていたら、
脈拍120回越え
熱もないし、ただ立ってるだけなのに…
と思ってると、橈骨動脈で脈拍測知不能に。
血圧下がった!?
って思った瞬間
ぐわーって めまいと冷や汗と気分不良に襲われた。
就職したてのころ毎日のように経験した。
今も半年に2回くらいはある。
血圧が低いらしい。下がりやすいらしい。

ここで倒れてなるものかと、必死に一人になってしゃがみこむ。
こういう時、ここの同僚には言いづらい。
うまく伝えられないし、治るまでほおっておいてほしい。

いつもなら少し休んで普通に仕事復帰するんだけど、
今日は3時からのパーティーがプレッシャーに。
踊れないしウォッカも飲めないし食欲もない。
きっと、自分断れない…

ということで、勇気を出して早退することに

調子悪いっつってんのに
普段一緒に働いてる看護師に
3時からのパーティーにこれるように休んで!
師長に言っとくから。

とか言われるし。

行けるなら帰らんわ、と思いつつ。

せっかくの機会なんだけど、使うエネルギーが半端ないから。
楽しめる自信がない。


3時ジャストに師長から電話もあったけど出なかった。

今ウズ語しゃべりたくない。
パーティーなんか行きたくない。


こういう時に楽しめない自分。
矛盾してる自分。
いろんなこと消化できていない自分。
すっと もやもやもやもやしてて。
1人になって ためてたもやもやがこぼれ出てきた。


夜、もう一回師長から電話があった。
なんでパーティー来なかったの?
調子悪いの?薬飲んだ?
明日は仕事休みだから来なくていいよ。
じゃあまた水曜日にね。


もっと遅くにまた師長からメールがあった。
何か必要なものがあれば電話でいいなさい。

ウズ人はあんまりショートメールを使わない。
会議中でも乗り物の中でも平気で電話ができるし。

そもそも、師長さんが電話かけてきたのは今回初めてで。
遅い時間になったからか、それでも気持ちをメールで伝えてきてくれて。
言葉の壁もあるし、何かしてほしくても無理な距離でもあるけど
それも分かった上でくれたメールっていうのが嬉しかった。


心配してくれて
歩み寄ろうとしてくれてるのにね。


仕事そっちのけでパーティー
しかも強制的に飲ませるし踊らせるし
ホント嫌って気持ちが先にたってしまった。

ウズ人に対して抱いてしまった気持ちに反省。


全ては自分の家に帰ってきてホッとできなかったのもあるかな。
疲れともやもや。

空港についた途端のうんざり感
タクシーの運転手のうらぎり。
首都でお湯シャワー浴びまくったせいで、
家で風呂入る勇気が失せ。
バザール行ってないからご飯もろくなもん作れないし。
ネット代払ってなくてネットできないし。
払いに行くとどこも休みだし…
1週間いなかったら部屋砂だらけだし。
あいかわらず隣はうるさいし。
ちょっとあったかくなったからってゴキブリやクモがようけ歩いてるし。
無秩序な我が家。

どうあっても変わらない現実。
受け止めないといけない現実。

なのにうんざりしてしまった。

何やってんだろうなー自分。
楽しまないとなー、せっかくの2年間。


来年は体調がよければパーティー参加しよう。
月曜日早退後、首都でいただいた風邪まで悪化して
結核バリに咳き込み中なオゾダです

去年もこの時期だったなそういえば…
まあ、用心せずに遊び歩いた自分が悪い。

しかし夜の喘鳴がきついです
今朝は熱も下がり微熱だったけど、寝れなかったのもあるし
咳もひどいし休みました。

最近休みすぎ・・・体調崩しすぎ・・・
どんどんダンガサになってるんじゃないか自分。
ダンガサは怠け者のことです
動物のナマケモノもウズ語ではダンガサっていうんだろうか…


チャッコン(チャキチャキきびきびしている)な日本人だと評判だったのに
まあいっか。
ここでイメチェンしてみるか

きっとあったかかっただろうが一歩も外に出ていない!
そんな春の陽気なウルゲンチで
今日一日、家で妙なテンションで仕事してました。
平熱が低いので微熱のほうが多少おかしくなるもんで

休んでることがどっからかの経由で事務所に届いたのか
状態はどうかと健康管理員の方からメールが来ました。
咳以外は問題ないですと答えると、
夜寝る前に抗ヒスタミン剤飲んだらいいかも。お大事に。と。


抗ヒスタミン剤もってなーいしー(泣)


無駄に胃薬だけは途方にくれるくらい持ってるけど…

首都出張後、毎回体調崩しているので今後ちょっと考えないといけません。
なんといっても自分、医療職やし。情けなさすぎる


昨日今日でようやく首都での疲れと緊張がとれ、出来事消化ができました。

初日の保健省訪問でダメージくらいましたけど・・・
今回は2日にわたって開催された医療隊員ミーティング。充実してました。
IMG_2653.jpg
ウズでは先輩隊員になってしまったとはいえ、
今回増えた隊員は看護職の大先輩ばかり。
いろんな経験を元に新しい空気も入って、盛り上がっていくんだろうなと思いました。

今回は2日間、シニアボランティアの方に家に招待していただき、おいしい日本食を
ごちそうになりました。家も広い!ご飯もおいしい!
駒ヶ根の時からしっぽりしていた22-1隊と、ほっこりしてるウルゲンチ隊に囲まれていると
シニアのおじさまたちがものすごくパワフルに見えました!
P3020016.jpg
歌って踊れるシニアのおじさまたち。
ホントにすごい!自分のほうがよっぽど年寄りでした(笑)
今回会ったのも3回目。人見知りもしちゃうので、今までなかなかお話もできなかったですが、
シニアの方の話は楽しい。しかもこんなとこでしか出会えなかった方たち。
ということで、もっと仲良くしてもらおうと思います


あと、今回首都でゲットしたかったもの
バイオリン

ウズのドゥタールという楽器を習いたかったんだけど
ウルゲンチではレッスンに通えなさそう。

でもなんか音楽したいよね、ということで。懲りずに(笑)

同期K也に相談してて見つけてもらってた。
ウズで一番大きいバザールに行き、3件目で交渉した。
弓・弦含めて100ドル。松脂つけて100ドルと7200スム?
いい買い物ではないですかー
初心者のYさんも巻き込んで、迷わず購入。
実は経験者ですがブランク10年以上な自分も不安いっぱい。
でも2人でいっぱい練習してストレス発散するぞー

しかしさすがにウズベキスタン。楽器でさえも扱いがテキトー。
P3020005.jpg
カバーはないよってことで入れてもらったのはスーパーの袋
ウルゲンチまで帰るからってごねて二重にしてもらった(笑)
こんなんでいいんだっけか??


そして日本から届いた荷物。

働いてた職場の師長さんから3ヶ月遅れのクリスマスプレゼント
ありがたいですねー!
半分以上ミッフィーが占めてた殺風景な家もこれでかわいくなるかなー。
IMG_2703.jpg
お菓子はホント嬉しいです!


あと親友に頼んでた日本食。たすかりますー、ホントに
重かっただろうに…わがまま聞いてくれてありがとう!
今回はネットで衝動買いした服も入れてもらってた。
カシスとカルーアも届いた。
IMG_2707.jpg
こんなことしてて渡してた通帳の貯金の底がつかないか心配…あと1年もってください。私の貯金…

同期や先輩からの2ヶ月遅れの年賀状が届いたり。
いろんな人に気にかけてもらってここにいれるのですね。
ちゃんと生きています。ありがとうございます


それから同期の誕生日祝ったり、プレゼンの打ち上げしたり…
毎晩毎晩飲み歩いた結果の今です。
楽しかったんだからいいんです。

やっぱ同期といると、ウルゲンチ隊といると
落ち着くな~っていうのも収穫のひとつです。
次に全員がそろう時は1年目の折り返し地点。

報告書も2つあるし、中間報告のプレゼンもあるし
医療用語の辞書作りもあるし
イベントの企画も進めないといけないし…
活動以外にも計画だててやらないといけないことがたくさん。
びびってる場合じゃない。

まじ気持ち引き締めてがんばらないと
本日、緊急連絡網で(?)東北地方で地震が発生したと連絡が来ました。
ウズベキスタンでも連絡が回るほど。
出身が東北地方の人がいるのか分かりませんが、心配だろうと思います。
自分は知り合いはいなかったはずだけど…
でも日本国内での災害。
やっぱり気になって帰宅後すぐにYAHOOニュースを見てみました。
といってもいつも見出しだけですが


なんと!

国内最大級 マグニチュード8.8


確か阪神大震災はマグニチュード7後半だったはず。

津波警報もでているようで…
見出しを繰っていくと、すでに死者もでているとか。
行方不明者も多く、首都圏で交通マヒとのこと。
広範囲で余震も続いてるということですが、大丈夫だろうか…


先日ニュージーランドで発生した地震も邦人被害者が含まれています。
もちろん現地でもたくさんの死傷者が発生しています。

相次いで発生している地震被害。
他人事では済まされません。

自然災害は忘れたころにやってくるし、避けられない事象です。
一度に多数の被害者がでてしまうのも恐怖のひとつ。
東北では余震が続いているみたいだし、本当に大変だと思います。
少し暖かくはなってきたものの、寒さや物資の不足、感染蔓延など
二次的な被害もでてくるかもしれません。
今はどちらも発生直後の急性期で、まだまだ救出作業も進んでいるはずです。
一人でも多くの方が助かるように祈っています。

犠牲者の方とご家族には心からお悔やみ申し上げます。
また命が助かっても、心の傷が癒えるのには時間がかかると思います。
早期にメンタル面への介入の必要性が言われてきたのもごく最近のこと。
復旧にも時間がかかると思いますが、被害に合った方々が早く日常を取り戻し、
安心して生活できるようにサポートしてほしいと思います。


自分は災害看護に関心を持って勉強してきましたが、実際に現場に行ったことがありません。
自然災害では台風9号と芸予地震(震度7)しか経験していません。
どちらも被災というほどのこともありませんでした。


じゃあなんで自分は災害看護に携わりたいと思ったのか…

一番の理由は、こういう時にいてもたってもいられないからです。
たくさんの人が犠牲になってる
ただそれだけのことに、何か自分ができることをしたいと思うから。

偽善的のように思われるかもしれませんが、
この湧き出る思いを説明するのは難しいです。

でもいつ自分の周りで災害が起こるかわからない。
犠牲になったのが家族や友人だったら…
と思うのです。

今の自分はこういう時役にたたない。
だからしっかり勉強して、技術身につけて
看護職としてできることをやりたい。
そう思って救命センターに就職したんです。
志半ばで自ら辞めたといえばそうなんですが…
今もその気持ちは変わりません。

災害看護・国際看護は地域看護という分野の中で一緒にされていることが多いんです。
だから協力隊としてウズベキスタンに来てるのも、延長線上。
国境なき医師団とかJICAの緊急援助隊とかにも興味持っていました。
今後、自分がどの道に進むかわかりませんが、
ひとつのステップとして、ここにいることの意義はあるのだろうか…と。

ここに来る直前に看護大学の国際救援コースの助手をしてて
業務上、いろんな資料や文献を読みました。
もっとちゃんと勉強したい!と思ったものです。
そして、やっぱり英語をもっと勉強しないととも思ってます。

浮いたり沈んだり、前向きになったり後ろ向きになったりですが、
自分が何をしたかったのかってこと思い出しました。
災害看護や国際看護の前に…
自分は看護師でいたいんだと。

















そんな今日
目の前で患者が心停止になり、
周りにほとんど人もいなく
蘇生に一生懸命だったのは自分だけ。
ほとんど知識も技術も持ち合わせてないウズの医療者と
ここで心臓マッサージしかできない自分。
あんなに疲れるまで心マしたの初めて。
一人だけいた医者が交替する気がなく説明もできなかったから…

コミュニケーションも上手く取れない。
薬も物もないんだけど、なかったのはそれだけじゃない。

若い患者さんだったけど結局助けられなかった。

違う病棟だったのに
急変する前から自分はその場にいたから
手を出してしまった。
もちろん信頼関係も築けてないスタッフに
ウズ語で指示ができるわけもなく。
だから何も出来なかった感が残ってしまい…

かなりもやもやが残りました。

自分は看護師として何ができたんだろう。

宗教的な考え方も理解できてない。
蘇生ってここではどういうことなんだろう。
日本の看護師として何が教えられるんだろう。

やっぱりもっともっと勉強が必要だ。


【一次救命処置で大切なこと】
人と物を集める
絶え間ない胸骨圧迫
1分間に100回
正しい部位と速さ
十分な深さと反し
疲れる前に交替
夜、ずっとネットで地震のニュースを確認していた。
夜中にも津波について緊急連絡網がまわってきた。
少しだけ見ることができたネットの写真で、壊滅的な状況が伝わってきた。
ホント愕然とした。

携帯の伝言サービスは、相手の携帯番号を知らないと使えないらしい。
メールアドレスは知ってても、携帯番号はほとんど知らない。
関東・東北にいるだろう友達に連絡がとれず、心配。
地元は広島、職場は大阪。
どちらも知り合いがたくさんいるけど、何人かと連絡がとれてるし
この地域は大丈夫そう。

夜中に弟からもメールが返ってきた。
親とは元々音信不通だけど、こういう時は心配する。
何かあったとしても連絡がないわけだから。
でもウズベキスタンに来た時点で、自分に何かあっても
家族に何かあってもすぐに会えないということは覚悟した。

ただ日本のほうが大変なのに、こんなとこいて自分はなにやってんだ!って思う。
本当にもどかしい。

日本国内でもリアルタイムに情報を得ることができなくなっているよう。
その不安は計り知れない。
犠牲者の数も3桁4桁と膨れあがっている。
電力供給不足、交通網マヒ、余震の連続、津波…
混乱が伺える。

どうかこれ以上被害が拡大しませんように。
ウズベキスタンから祈っています。
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