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楽しかった週末からあっという間に1週間。

今となってはあっという間だけど、1日1日は長かった。。。

冬が近づくにつれて、曇りの日が増えました。

国が管理しているセントラルヒーターというのは12月にならないと、はいらないらしい。

ところでお湯はいつでるんだ、いつ・・・

どれだけ着込んでも、毛布を被っても、家の中で凍えてるなんて。

やっぱりここはウズベキスタンですね。



体が縮こまることが増えると、気持ちも縮んできてしまいます。

そういう時期です。

そういう時期だと思うから、今日は大切な友達に伝えたいことがあります。

ここに来ないと言えなかったことです。

でも、言葉にするのが難しくて・・・今は伝わらないかもしれない。

気持ちが縮んだ時に思い出してくれればいいかなーと思って。

そして自分もこの気持ちを思い出せればいいなーと思って。
... 続きを読む
青の都 
シルクロードの真ん中
サマルカンド
に行ってきた。
初めて一人で遠出した。

待ち合わせは中継地点のブハラ。
ウズベク男性3人と乗り合わせたタクシー
『もうここで降ろしてください』と何度言おうと思ったか。
星がきれいだったからではなく・・・
あまりに過酷な道のりだったから。
9時間以上かけて到着した真夜中のブハラで
同期のジョー君と出会えた時はマジでほっとした。
おいしい肉じゃがをありがとう。

翌朝、電車でサマルカンドへ。
なぜか後ろ向きの席。
フェードインしては遠ざかっていく車窓の景色。
牛と羊とロバとこども。
時々おっさん。
砂と草と岩と茶色い家。
時々お墓。
面白かったけど、寝てしまっていた。

長旅の末たどり着いたサマルカンド。
IMG_1421.jpg
夕日と白い月がきれいだった。

ウズベキスタンのお墓
IMG_1391.jpg
土葬です。
墓石に顔が描いてある。心霊現象ではありませぬ。

『お前みたいなやつうちの墓にいれてやらん』
とか
『いっぱいになったから先祖の骨壺を一緒にする』
っていう面倒くさいことにはならんのだろうなと思った。
ひとりひとりにきれいなお墓。

でも遺影がお墓にあったらさ、
墓参りに行くたびに泣いちゃいそうだよなとか思った。
この人がここに埋まってるのか、と考えながら歩いてたら
背筋がぞくぞくした。


宗教とか戦争とか発掘とか、いろいろ教えてもらったんだけど
あーんまり頭に入らなかった。
先輩や同期とご飯食べてだべって雑魚寝して・・・
結局は観光よりそっちのほうが印象に残ってたり。

そんな小旅行


帰りのタクシー
500キロ以上の道のり。
助手席に乗せてもらったのでちょっと楽だった。
荒れた砂漠の真ん中の道を時速120kmでとばす。
真っ暗な砂漠の真上に広がる星空が
すごくすごーくきれいだった。

砂まみれになりながら
窓から頭を出して見上げて・・・

流れ星を見つけた。
職場の同僚の看護師さんが、更衣室で唐突に
『再来週、私の結婚式があるの』
と・・・
えっ!!マジで!?
急すぎて何も言えなかったよー。
でも、ぜひ来てほしいとのこと。

ウズベキスタンはお祭り好き。
結婚式はもちろん大イベントです。
ほんのちょっとした知り合いでも参加OKなので、たくさん誘われるよーと言われてきました。
そしてウルゲンチにきて4ヶ月目にして初めて参加しました。

結婚式は水曜日の夜でしたが、その週の始めから、看護師もドクターも浮き足立ってて
『結婚式行くの?行くでしょ?おどろうね』
と、何度も声をかけられました(笑)
いや、踊らないから!

『日本では結婚式で踊らないのか!?』とみんなに聞かれます。
踊らない、というと
『じゃあ結婚式で何すんの!?』と。
いや、ご飯食べてしゃべって、ときどきスピーチがあって、
なんてったって新郎新婦が主役だよね。
そりゃ友人の出し物でダンスとかあるだろうけどさ。
まあ、そんな感じで答えると、みんな腑に落ちない顔をする(笑)

そして当日。
先輩隊員のYさんに浴衣を着せてもらって、2人してバリバリ目立つ感じで参加してきました。
日本と違うとこ↓
・お祝儀とかはない
・来てる人はほとんど私服に近い
・300人くらい?大人数。
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・新郎は先に入ってて、新婦は後で入場してくる(弟?か親戚の子供がエスコート)
・新郎新婦は一緒に座らない。(新婦だけ壇上。隣に友人らしき人が交代で座る)
・生演奏で音楽がばりばりかかってて、招待客が適当に踊る(写真はうちの病院のドクターとナース達)
IMG_1678.jpg
・時々マイクが回ってきてスピーチがある
・新郎新婦は何もしゃべらない
・とにかく食べて飲む

とにかくみんな踊るよねー。
そしてお祝いの席には欠かせないウォッカ。
ウォッカ3杯飲まされました
おかげで撮ってもらった写真、酔っぱらってるし・・・きわめてシラフに近い状態だと思ってたけど、なんだかんだで踊らされたし・・・
ウズの結婚式しんどいですわ。

そして、日本人(外国人)で浴衣着てて・・・ってなると目立ちすぎて、よく分からんけど写真やビデオを撮られまくってしまいました。大丈夫かな
でも受けはよかったし、まあ楽しかったです。
ところで先輩Yさんの浴衣姿にキュンとしてしまった私です
あー写真のせたい。

ほんでもって、かわいかった新婦のナディラ
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翌日、親族や近しい友人だけでもう一回結婚式があったそうです。
ウズ人は結婚式のために貯金してるんだもん。
盛大でなくっちゃね
2010.10.22 生まれました
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いつも昼食を食べているオシュホナ(食堂)で飼っている犬が子供を生みました。

妊娠に気づいたのは1ヶ月前ほど。
最近、もういよいよ生まれそうだったので、今か今かと待ち構えていました。
出産には立ち会えないだろうけど、生まれたての仔犬が見たいーって感じで。

んで、ついに生まれてた!!

全部で8匹。色とりどりですごくかわいい
近づいても、お母さんはあんまり怒らなかったので、じっくり観察させてもらいました。
前日の夜か、今日の朝生まれたくらいの、生まれたて。

でも、やっぱりこれだけいると、どんくさい子もいるんですよね。
とっても寒いのに、小屋の入り口の段差にはまって動けない子。
おっぱいをなかなか探せない子。
手をだしていいか葛藤したけどやっぱ気になって、
ちょいちょいって2匹、お母さんのお腹の傍に置いてあげました。
でも、生まれた順番ですでに大きさも違うし、なんか不安な2匹。

翌日また見に行ったら、1匹冷たくなっていました。

もう1匹、また段差にはまってる子がいたけど、まだ動いてたのでまたお母さんの傍に置いてあげました。
冷たくなった子も、その子も、お母さんはぺろぺろなめてあっためてあげてました。

でも、翌日、もう1匹も冷たくなってました。
PA220007.jpg
へその緒もつけたまんまで。

実はここ最近、最低気温1度にさがってる日があります。
そんなちょうど一番寒いのが続いた日のできごと。

大きくなれなかった2匹の仔犬を埋めてやろうと、仕事終わりに寄ってみました。
寒かっただろうなぁ
2匹を小屋からだして考えていると、授乳中のお母さん犬が慌てて出てきて、仔犬をぺろぺろぺろぺろ・・・
連れてかないでって言ってるみたい。
そうか、まだ受容できていないんだな。
だから、また小屋の中に戻して、あげました。

春に生まれてたら、この2匹は一緒に大きくなれたのかな。

かわいそうだし、残念だけど、これも自然の摂理。淘汰ってやつなんでしょうか。

あとの6匹は順調に大きくなっています。


長くなりますが、今日は真面目に活動について。

看護部長さんと先輩隊員とのカンファレンスを経て・・・
実は先週から、週2日、セミナー準備のためパソコンと向き合う時間を作ってもらいました
場所ももちろん提供してもらって。
そのせいか?あとの日は病棟に出てますが、ぐったりして帰るという日が少なくなっています。
帰ってからまたパソコンに向かって資料作ったり、調べ物したり…ってしてた日々のことを思うとだいぶ楽

それと同時に物足りなさも感じてる今日この頃。
救命センターで働いてた時みたいに、不穏の患者さんがいたり、次々患者さんが亡くなったり、急変があったり・・・ってことは全くない。
ここでも座る時間がないくらいに、ほどほどにやることはあるんだけど、緊張感がないなぁと思うのです。
病棟において、それが悪いわけではないんですが。
ただ単に自分が緊張感を忘れてるだけかもしんないな、と感じることもあります

昔の記事に書いたかもしれませんが、こちらでは、患者さんの日常生活への援助というものにあまり介入しません。
例えば、体をきれいにする(清拭・陰洗・足浴・更衣・・・)、環境を整える(シーツ交換・汚染予防の工夫・・・)
リハビリ、食事介助、排泄介助などなど。
やってることといえば、検温と点滴と記録のみ。
重症部屋2部屋の検温は私がやってるし、他の部屋は朝と夜の熱の測定だけだし。
食事も排泄の介助も家族か看護助手がやってるし。
清潔の介助やシーツ交換にいたってはやってないし。
それなのに、要領が悪いからか、看護師はホントばたばたばたばたしています。
それか、ホントに何もない時はめっちゃ暇そうに座ってるだけ

外科っていっても、患者さんの病態は落ち着いています。
だから手伝わなくても、患者さん自身が自分でできることが多いのは確かです。
あと、もともと体の清潔を保つってことに疎い国民性だとか、世話をするのは『家族』っていう考え方とか。
そんな文化の違いっていうのも関係してるとは思います。
あと、しょっちゅう停電・断水したり、物がなかったりっていうハード面での壁だったり。

じゃあ、自分は何をしにきたのかと毎日自問自答するんですが・・・
調べてみると、教科書には清潔の援助の必要性や方法なども載っているし、看護師の役割としては日本と何も変わらないんですよね。
その知識がきちんとあるのかどうかと、あるなら何故できないのか、っていうところを模索してですねー、改善していくのがボランティアとしての自分の仕事なんですよ。

そりゃ分かってるんですが。

実際難しい

日常業務の中で、『おいおい、そりゃ違うだろ』とか、『もうちょっとこうすればいいのに』って思うことは多々あります。
自分が必要だなと思ったら率先してやるし、なんとか言葉で説明できれば、その場で助言します。
外科の看護師達はわりかし素直に
『hoshinotoriがそう言ってるからやらないと』『hosinotoriが言ったんだからそういう風にして』
と聞いてくれます。
それでも言いたいことの半分も言えてません。
根拠とかも説明しようと思ったら完全に語学力が足らないから・・・
だから毎日悶々としながら見過ごしているのです

それと同時に、勘もにぶってきてるんじゃないかと思います。
何もしない=何にも影響がない って方程式に則って、この温和な環境に浸ってしまっている自分がいます。

思えば、日本で働いている時は忙しいながらも
もっと患者さんや家族を観察して、予測して、できること探して、やって・・・
『あぁ、何も悪いこと起きなかった。よかった』っていう安心感と清々しさがあったんですよね。
患者さんや家族から感謝されればラッキー、みたいな・・・。
それに飢えてるだけなのかなぁ。

これから私達はセミナーを通して、解剖生理から基礎看護技術まで、学校で習うことをもう一度教えようとしています
新人だけでなく、今いる看護師全員に。
そして、ケアをもっとしていこうと訴えるつもりなのです。
患者さんにケアをするってことは
・ケアをしても大丈夫かを見極める能力
・ケアが与える影響(良いものも悪いものも)を予測する能力
・なぜそのケアが必要なのかという基礎知識
・安全、安楽なケアを提供するための具体的な方法論の知識と技術
も身につけないといけません。
そして、今まで以上にもっともっと仕事量が多くなるのです。

それを、ここの看護師たちがプラスに受け取ってくれるのかどうか・・・
結果がでるまで我慢してついてきてくれるかどうか・・・
日本の感覚で捉えているから、もっとケアをしてほしいって思うんですが、
それがホントに正しいのかどうか・・・

今、答えはでません。
結局やってみないと分からない。でも失敗するかもしれない。
何かをするってことは本当に勇気がいるんだなって、しみじみ感じています。
今までしていたことをしていない焦りと、新しいことをしようとするドキドキのハザマで右往左往

そんな毎日です。
楽しいけどね(笑)
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