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月曜日から配属先の病院での仕事が始まりました。しょっぱな、朝会わないといけないはずのOP室の師長(看護部長不在のため、対応してくれてた)に会えないというハプニングあり。
まあいろいろあリましたが、無事外科病棟にたどり着くことができました。

で、白衣を持ってきてなかったので、購入したい旨も前回伝えていました。
それもトゥクーチェ(直訳したら、服を作る人)が、売りに来ているそうなのですが、なかなか出会えず…
結局前日にICUに置いておいてくれていたらしく、着替えることができましたが、かなりの時間ロス(笑)
ウズベキスタンの病院はコックさんみたいな帽子をかぶらないといけないのですが、置いてあった帽子が大きくて、小さいのを持ってきてもらうことに。でも、トゥクーチェに出会えない
この帽子は意外と重要視されていて、かぶってないと病棟に出れないと言われました
なので、午前中いっぱいは、更衣室みたいなとこで待機。
出鼻くじかれましたね~・・・

その後は、無事身なりが整ったので(笑)外科とICUの医者や看護師に挨拶して周りました。
でも、看護部長と外科の師長が長期休暇中のため、私がなんで来たかということが認知されていません。
やっぱり、実習生と間違われてしまいます。なので、勉強しに来たのかと聞かれるたびに
「日本から、看護の質を上げるため、手伝うために来た。大学も出て臨床経験がある。でも、今はウズベク語を勉強している。」と説明しました。アピールだけはしとかないと。最初が肝心なので
もちろんオリエンテーションなんてものはなく、いきなり患者をみてと言われたり。
まだ全く状況がわかってないから無理っ!!って必死で説明し、忙しそうな師長代理やその辺の看護師つかまえて、病棟の構造や看護体制を聞いてまわりました。

でもやっぱり言葉がわからんのです。質問はできても、回答が8割理解できない(笑)そして、何か指示をされるけど、一番肝心なとこがわからない・・・
ひたすら聞き取れた単語を書き取り、その辺に書いてある文字をメモし、病棟を何往復もして、なんとか構造を理解することができました。

2日目は、たまに検温してとかも言われましたが、まだ患者と会話できる余裕がなかったので、断ってました。
そうこうしてたら、患者情報をパソコン入力するという師長の仕事を(代理の師長に)手伝わされる始末
ま、やりましたけど。
1日で、手書きで書いたキリル文字のさらに筆記体を読み取ることができるようになりました
そういう意味では意義のある時間だったかと・・・

明日もよろしくね、なんてさらっと言われたので、家に帰って考えました。
どうせあんたしゃべれないでしょ、って思われてる気がして・・・

いつまでもこんな隔離部屋でパソコンしてるなんてだめだぁ!
私はなんのために来たんだ・・・


しょっぱなでこの悩みが来るとは・・・
でも悔しかったので

会話力をつけて、意地でも仕事してやりたい
と、この一心で、めずらしく闘志がメラメラと沸きました

で3日目。
看護師長代理をつかまえて、
師長が来ないなら、今日はあなたに私が何のために来たかを説明したい、といいました。
んで、一晩考えた活動計画を必死で説明したわけです。

でも、まずしゃべれるようにならないと、っていうことを言われたので、アルバッタ(もちろん)!と。がんばる。
アルバッタ、ハラキャットキラマン!

反応はどうかな…と言うと、なんか理解はしてくれたみたいで。
うちの質問に「何でそんなこと聞くの?」ってめんどくさがってたのが、答えてくれるようになったし、うちなりの学ぶ方法っていうのを受け入れてくれたみたいです。例えば、「言葉聞いただけじゃわかんないから書いて」とか「これ、ロシア語なのかウズベク語なのかどっち?もう一方のほうも教えて」とか。

当然ですが、毎日放置プレイで、自分でやることを見つけていかないといけないので、今日は一人の看護師にくっついて回りました。
そのうち、検温をやってみろといわれたので、2部屋7人分やりましたし、患者がめずらしがってくれたので、拒否されることもなく、がんばればコミュニケーションも取れるということが判明。
空いた時間は、単語を調べて覚えるためカルテを写したり。

そうこうしてたら、ドクターや他の看護師も私の存在が気になって、みんなが声かけてくれるんです。
ちょっと兆しが見えてきた3日間。状況を変えるために行動が起こせた3日間。
濃厚でした・・・

病院(おそらく玄関)
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でも誰もこっから入らない。。。
2010.08.13 怒涛の1週間
この1週間長かった~
3日目以降は、回診見学、回診後のガーゼ交換介助、日勤帯2回の検温を2部屋分をなんとなくルーチンでやっています。誰に言ったわけでも言われたわけでもないですが、興味があって見てるうちに、やることになってました。
もちろんそういう中で、看護や医療の視点での問題点っていうのもたくさん見えてくるわけで…それをせっせと記録に残しています
できるかどうか分かんないけど、変えたいところは、すでにこの1週間でたくさん出てきています。それを、自分ができることと、できないことに分けたり、何を誰にどうやって教えていくかっていうのを考えていくのが、この1年の課題ですかね。

暇な時間は、記録物を見たり、看護師の行動を観察したりしてるんですが。
やっぱり自分も看護師なので気になって、今日は患者さんの清拭をしました
この病院だけじゃなくって、ウズベキスタンでは日常生活の介助っていうのは、看護師はあんまりやってないみたいなんですよね・・・話を聞いたり、1週間見てきた限りでは。
だから患者さんも逆にびっくりしたみたいですが、文化は違っても「気持ちいい、ありがとう」と思ってくれたし、言ってもらえて私も嬉しかったし
単純に、あぁやってよかったなぁと思いました。

それと3日目の行動が、自分にも相手にも大きくプラスに傾いてくれたみたいです。
まず自分自身は、「知りたい」「理解したい」という気持ちに貪欲になりました。分からないままでやるのは嫌。分からなくてできないのはもっと嫌
その気持ちだけで、人に聞くこと、調べること、覚えることへの時間の費やし方が変わりました。
また「話すこと」に対してかなり積極的になりました。相手の言っていることが分からないから、今まで自分から話かけることはあまりなかったように思います。
でも病室を回って、患者に「調子はどう?」「日本から来た看護師だから。よろしく」だけでも声をかけるようにしました。
検温をしている部屋の患者は、ゆっくりしゃべってくれるようになって、だいたい会話が成立することが増えました。
家に帰ってからも、知らない単語を調べたり、病院で使う表現を覚えたり、切羽詰まってる感はありますが、そういう勉強を苦もなくできています。

病棟では、ドクター達もいろいろ教えてくれるようになりました。分からないことは聞きなさい、とも言ってくれるようになりました。わざわざ他の病棟からドクターが見に来たりもします
看護師達も、私が聞くことやることに、逆に興味を持ってくれるようになりました。時々会話が成立しなくて諦められることもあるけど、明らかに最初の3日と違って、声をかけられることが増えました。
外国人だからっていうこと、先輩隊員が他の病棟でよい関係を築いてくれていること、周りのみんなの寛容さ、のおかげでもありますが、気持ち的に受身だった自分にしては、積極的な行動が起こせたという喜びも大きいのです。
まだまだ活動は今からだけど、最初の関係作りとしては失敗じゃないはず!
 
みんないじわるなわけじゃないんです。きっとこの日本人の扱いに戸惑っているだけ。

この短い間に変わるわけない、とも思いましたけど、やっぱり相手が心を開いてくれた瞬間っていうのは分かるんですよね。

これからまた何度となく壁にぶちあたると思うし、2年は長いから、ここで突っ走ったら失敗しちゃうと思います。
でも、この嬉しかった気持ちを忘れないようにしたいです

ついでに
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隔離されたパソコンの部屋。一人になっていろいろ考えたらちょっと泣きそうになったけど、悔し涙は日本に置いてきた
だから、その悔しかった気持ちも忘れずに前向いて行きたいと思います。
2010.08.14 息抜き
やっとこさの週末。
昨日は昼寝をしたせいか、夜なかなか寝付けなかったけど、朝方起きようとしても、体が沈むような眠気があって、結局起きたのは8時半。
そこからスーパーとバザールに行って食料品の買出し。
土曜とあって、バザールはすごい人ごみで、かなり疲れました

今日はウルゲンチ派遣のメンバーでご飯を食べようと、前々から計画してたのです。
ところが、地方派遣の2人が体調を崩しており、1人は来れたのですが、1人欠席。
とっても心配です・・・


でもご飯となれば、ここは女性隊員の腕の見せどころ(笑) 
先輩と一緒にパーティーメニューを作りました。
断水中だったため、ためていた水で料理つくったり、まるでキャンプです。
それから4人で食卓を囲み、近況報告。
1週間しかたってないけど、久々にみんなの顔が見れて、嬉しかったです
地方に派遣されてる隊員の家(ホームステイ先)の話を聞いたり写真を見たり。
同じウルゲンチでも場所によって違うんだなぁ・・・と実感。

私は仕事の時はいつも先輩とお昼を食べに行ってるし、帰りも一緒に帰ってるから、いろいろ話す機会があるけど、他の3人は日本語をしゃべる機会はないと思うので、こういう集まりを定期的にして、ストレス発散の場にできればなぁと思います。もちろん情報交換の意味でも

夜遅くなったので、アパートまで送ってくれたりと、男性隊員がいてくれるのはホント心強い。
いつも申し訳ないなと思っていたけど、ここは素直に甘えることにして・・・
こんな機会にたまにご飯作ったり、そういうのでお返しをしていこう、と思いました。

今日は心もお腹も満たされました
来週からもまたがんばれるかな。
ウズベキスタンにはめずらしく、蒸し蒸しした1日でした。
室温は34度以上。風もなく、立っているだけで汗をだらだらかくような感じ。

そんな中、エアコンはもちろん扇風機すらなく、しかも断水しているという病院の中で、患者さんもだいぶ
イライラしていたように思います。暑いし痛いし、寝るしかないけど、寝れないっていう・・・
かわいそうだ
みんな体温38度近くになってたしでも冷やしてあげれない。

そして、上手くコミュニケーションがとれないことで、さらにイライラを悪化させてしまいました。
日本でもなんらかの理由でコミュニケーションとるの難しい人はいたけど。
今は相手は普通にしゃべってくれるのに、私が全部を理解できないから申し訳ない・・・
しかも緊急の訴えとか分からなくて(吐きそうとか、トイレとか)何回も聞いて困らせてしまったし、朝からかなり凹みました

断水・・・こちらとしてもかなりイライラします。
今、タオルを濡らしたいのに、今、手を洗いたいのに・・・できない。
水の大切さっていうのを身にしみて感じています。
ぶっちゃけ、停電は気にしてないです。機械なんてひとつもないから(ICUとか検査室とか手術室は大変だろうけど)病棟は部屋の電気なんてほとんどつけないし。

自分の家だと、どちらもあきらめられるんですが、病院は患者さんがいますし。

どうしたらいいもんかと悩みながら午前中を過ごしていたら、いつも声をかけてくれるドクター達が
「日本にもコーラあるか?おいしいか?まあコーラ飲めよ」と、冷たいコーラを恵んでくれました
水分摂ってなかったので、生き返りました。


午後から、ちょろちょろと水が出る水道があったので、数人、体拭いてあげました。

あーもっとしゃべれるようになりたいなぁ
2010.08.18 Bolalar
Bolalar(ボララル)とはウズベク語で子供達、という意味です。
アパートの周りに子供がたくさんいるという話は以前に書いたかと思いますが…
今日は子供達について紹介します。

ウズベキスタンは多民族国家で、ウズベク人はもちろん、韓国系・タジク系・ロシア系など様々な顔立ちが混ざっています。でもこちらウルゲンチでは、韓国系の人はほとんどみません。
首都タシケントでは、韓国人か?と聞かれることが多かった私ですが、こちらに来ると完全に外国人。
それもヤポン(日本人)でとおっています。
子供達にとっては格好の餌食…いや遊び相手?

夕方4時くらいから、1時間おきくらいに、誰かが「外に行こう」と呼びに来ます。入れ替わり立代わり…
それを「また、夜ね」「今ご飯作ってるから」「今ご飯食べてるところ」とかわしつつ~
折れて、夜7時すぎから1時間~1時間半ほどお付き合いするのが日課になっています。
散歩がてら近所を30分ほど歩いて、アパートの前の空き地でベンチに座っておしゃべりをしたり、日本語を教えたり。
時々、攻撃されたり、おんぶだの抱っこだのぐるぐるまわしてだの、荒わざを求められたりもします
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オゾダアプキャー(オゾダねえちゃーん)と迫ってきている図

こちらの子供は少し体格が小さい気もします・・・
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よちよち歩きの子から、上は15歳まで男女合わせて今までからんだ子は30人以上はいます。
誰が誰と兄弟かなんてわかんないくらい、入り乱れており、まして名前なんて覚えられません

子供達の中でも仲良しグループはあるみたいで、特に女の子は、私が他のグループの子達と一緒にいる時は、挨拶するくらいで近寄ってきません。
逆に一緒にいる方のグループの子は、他の子を追い払ったりもします。
男の子達は、毎日必ず来ますけど、長くは一緒にいなくて、少しだけ会話をしたら満足していきます。

そんなわけで、彼ら彼女らは2・3日に1回くらい、私とからんでれば楽しいわけですが、私は入れ替わり立代わり毎日だれかの相手をしている…っていう状況なんですね。

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歩いてれば5人くらい引き寄せられてくるし、座っていれば10人くらいたかっているし、そんな子供と私の関係を周りの大人もほほえましく見てくれています。たまには助けてほしいけど
写真は初日に声をかけてくれたディルドゥ-ラ(左)12歳 とソプラ(右)15歳

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この子はちっちゃい子のグループでは仕切りや的存在のマンズーラ(7歳)女の子です。
私が歩いていると自然に手をつないでくるし、座っていると私の体にどこかしらに手をふれているという。
少し甘えんぼさんみたいです。

仕事で疲れてんのに、何で子供の相手をしなきゃなんないんだー
なんて思うこともあるんですが、それでは日本のサラリーマンの台詞みたいじゃないかとふと気づき、
方言を勉強するためにも子供との時間を大切にしようと、日々精進しております。
舌ったらずの子が一生懸命しゃべってくれると、(聞き取れないから)困りますけど嬉しいですね
子供に好かれてるっていうことは幸せなことですし。


ということで、Bolalarとのからみ序盤でした。 

えっ??つづくの?
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