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病院の改修工事が終わって、再開業してから1週間。
最初の2日はほとんど患者がいなくて(手術がないから)暇だった。

なのに、病院の隣にある大学の医学生が実習に来ている。
そして、なぜかドクターに
こいつらに看護師の仕事教えてやって!今実習だから。
と押し付けられた。

ちなみに、こちらで『看護師の仕事』とはいわゆる『診療の介助』のこと。
点滴、胃管ドレーン挿入、消毒の介助、検温などなど
医者と二人三脚で、もしくは医者の指示で実施する業務のみを指す。

看護師の専門的な能力を発揮すべき『患者の日常生活の援助』の分野は
もちろん医者の頭にはない。ついでに看護師の頭にもないことがある。
分かりやすく言えば、
環境が変わっても、病気でも、今までの生活レベルにより近づいた入院生活が
送れるように、食事とか排泄とか清潔行動とか…に介入すること。


それを教えるために私は来ているんだけど、まったく取り合ってもらえない。

業務内容はわかりやすく区別してるけど、日本で実際に働いている時は、区別して考えてはいない。
だって全部あわせて看護師の仕事だし。


教えたいこと、考えてほしいこと、患者さんにやってあげてほしいことは
いつでも後回しで・・・
結局、時間がない、物がないで済まされてしまって、
要請内容は看護の質の向上なんだけど、
それは何を持って評価すればいいのかも
すっかり分からなくなってしまってるのが現実である。

と、このままだと話があさってのほうに行ってしまうので…


で、学生のお守りをまた押し付けられたんだけど、看護学生とはわけが違う。
医者の卵なわけで。でもまだ何も勉強してきていないわけで。

ホント基本的な患者情報のとりかたや血圧とかの測定方法を教えて、
さあ、何しよう!?ですよ。

学生はね、ただでさえ日本人に興味津々でやる気まんまんですよ。
気づいたら他の病棟で実習してるはずの子まできて、
うら若いメンズ8人とか9人に取り囲まれてる私・・・

しかたないので、看護師にもやってない実習をすることに。

『ザ・手洗い講習』
いや、医療者なら、手洗いは必須。
ホントに教えたいことの一番のテーマだ。

ウズベキスタンで数年前、大きなプロジェクトが動いていて、
保健医療分野のボランティアがたくさんいてたことがある。
その時期のセミナーの資料が残っていて、参考にさせてもらった。

必要物品は
IMG_5271.jpg
片栗粉とお湯。
片栗粉をお湯に解いて溶かしておく。

IMG_5273.jpg
あと、イソジン液を作っておく。

デンプンにヨードがくっつくと青色になっちゃう反応を利用したあれ!

①片栗粉溶液を手にぬって乾かしてもらう
②石鹸を使って、正しい手洗いをする
③手を乾かしたあとにヨード液につける
④青くなっちゃった部分はよく洗えてなくて、デンプン質が残ってるとこ。
っていう実験。合ってるかな。

今回、国立ホレズム州外科病棟仕様にしたところ
・まず看護師に教えて、その看護師から学生に実習をやってもらう
・片栗粉溶液を手に塗ったあと、まず片手だけヨード液につけて、
 色が変わるってとこを確認。その後、手を洗ってもらう。

理由はたくさんある。
・看護師にも興味を持ってもらうため。今後につなげるため。
・看護師に指導方法を知ってもらうため
これは、1つ目の方法に関して。指導自体に対する思いがあって。

でも、2つ目の方法はどうしてもとらざるを得なかった。
・ウズ人の手の色が濃すぎて、変色が分かりにくい。
・ヨード液につけるときに、汚れ部分も流れてしまう。
・実験や実習慣れしていないので、これをやる意味が分かってもらえない。
 →日本で手洗いする時は片栗粉を使うのかといわれた・・・

IMG_5277.jpg
反省点としては、ヨード液は薄い器で、ぎりぎりつかるくらいの水の量。
反応するのにびっくりするくらいの濃さが必要。
イソジンガーグル1本じゃ足りなくて、急遽薬局で消毒用ヨード液を買った。
1本1000スム(40円)


でも、片栗粉溶液も満遍なく塗ることはできなくて、最初にムラがあるうえ、
水で流せば比較的簡単に落ちてしまう。
準備不足もあったから、もっといい方法が他にあったのかもしれない。
が、しかたない。
結局、みんなちゃんと洗えましたねーってことになるんだけど、
それはそれでよかった。
ウズ人はプライドが高い。指摘はできるだけしたくない。

今回は、ホントにまっさらな状態の医学生だった。
手洗いについては方法がちゃんと絵付きで水道に貼ってある。
その存在を知ってもらい、見ながら実際に洗ってもらうっていうだけで
目標達成
IMG_5278.jpg

楽しんでたみたいだし。
IMG_5275.jpg
手洗いはいつするべきか、今は医者も看護師も手洗いの回数が少ないけど、
君達はちゃんとしないといけないってことがしっかり伝えられたし。
断水してることが多いけど、水が出てればとりあえず手を洗えって言えたし(笑)

この実験の時は奇跡的に水が来てるときでラッキーだった。

もう1つ予定通りにいかなかったのは、
看護師には教えれたんだけど、学生が集まった途端
他の仕事頼まれて行っちゃって
結局自分が全部やることになってしまったってこと。
でも看護助手のボスにも実習してもらえたから、この次の機会は
スタッフということで。
もう少し勉強して、方法を工夫してみよう。

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2011.07.04 チッラ
チッラと呼ばれる酷暑期に入ってる?

ウズベキスタン。
天気予報的な平均気温は38~43度。
寝室の平均室温は35度。
IMG_5261.jpg
ちょっと3が並んでたので撮ってみた。
居間で扇風機回しても33度から下がらず。熱風をかきまわしてるだけ。

ウズベキスタンでは、気温50度を超えたら働いちゃいけないらしい。
でも、誰も働かなかったら困る。
ので、天気予報は低めの報道をする。そりゃそうか。
あくまで『予報』だしね。
誰も文句は言うまい。

ということで、実際はどうなのか…というと
ここ数日、日中見た温度計の数字は43~51度だった。
日陰で風があると、体感は少し涼しい。乾燥してるから。
それにしても、やっぱり普通に50度ある。

病院で、病室の室温は平均34度だ。
ほんで、扇風機はない。
患者さん、死んじゃうんじゃないか・・・

そして、毎日断水だ。
今週に入って、私が出勤している時間だけ見ても、
1週間で数時間しか水が出てない。
しかもちょろちょろ。

やる気にならないよね。
ウルゲンチ→ブハラ

もう絶対乗りたくない、とあんなに言いながら…
やはり交通手段がないのでブハラまではタクシー。
いつも仕事に行くときのリュックに最小限の着替えとお土産をつめて家を出た。

いろいろ渡すものもあって職場に顔をだし、午前中にタクシーに乗るつもりで。
行程は最低でも6時間(約500km)。12時には出たい。
バザールによって、非常食と水を買って乗り場に行くと、1番だった。
ということは、あと3人集まるまで待たないといけない。
でも、助手席をゲット!
暑いけど、後部座席にウズ人と3人で座るのはもっとしんどい
でかいしうるさいし遠慮がないし・・・

1時間待って、1人乗客が来た。
あと2人は運転手に知り合いがいるから途中で拾うとのことで出発。
しかもいい午後(11:55)だ。目標の12時にも間に合ってラッキー。
IMG_5033.jpg

長い長~いドライブの始まり。
今回はラッキーなことで、許容範囲内の質問攻めで終わり。
ちょっかいだされることもなかった。
車内の大音量のウズ音楽に負けない音量でipod聞きながら。
2人の乗客を拾って、いよいよブハラへ。

こんなにひどかった!?っていうくらいの悪路。
時速20kmででこぼこ砂道を超えながらトロトロ3時間!!

何とぶつかったん!?っていうくらいぼこぼこになったトラックが
見せしめのように放置。
また、住所と名前が書いた石碑も点々と。
ここに眠る・・・事故の犠牲者だ。
こんな悪路じゃ事故も多いだろう。

韓国の企業が入って道路を整備してるらしいけど、まだまだ時間がかかりそう。
ところどころ片車線だけアスファルト道路が整備されてたけど、通行不可。

トイレも行きたくなったし、腰も痛いし、揺れに頭も限界だってころに
休憩地点。

女の子のトイレはあっちだよって言われた先にあった銀色の箱。
そこまで道はなく、砂浜の砂以上に暑い砂漠の砂に足をとられながら
辿り着くと、確かにトイレはあった。
でも箱にはなってない。道路から見える三方しか囲ってない穴!
前に寄ったトイレは、まだ、トイレに近かったのに…
100mくらいはなれたとこ、人が普通に歩いてるし。
でもボシュカイロジムヨク(しかたない)
ここはウズベキスタンの砂漠だ。

若干ぐったりした運転手と他の乗客とともにお茶。
おっちゃんに奢ってもらった。
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そしてふたたび出発。
ここからの道は元からアスファルトが整備されてて
時速100km超で軽快に飛ばす
しかし、写真を撮る気には全くならなかった。
予定通り、19時前にブハラに到着。
やっぱりブハラはきれいだ。

3回目の今回も同期ジョー君宅にお世話になる。
うろ覚えだったけど、無事に到着。

窓から覗いて笑顔で迎えてくれたジョー君が、ザル蕎麦を作ってくれてた!
いやー、ホント分かってるなぁ。ザル蕎麦なんて!!
仕事終わりなのに申し訳ない。
写真撮り忘れたけどおいしかった
ついこの前首都で会ったけど、2人でしゃべるのは久々で話が盛り上がった。
デザートの果物も食べ、お腹一杯。

滝湯のような温かいシャワーを浴びさせてもらって疲れをとる。

疲労感もあったけど、明日から何しよーっていうワクワク感のほうが強い。
そんな逃避行 初日。
6月20日をもって派遣1年目を迎える。
去年の今日は成田にいた。
これからのウズベキスタンでの生活を思い描き
憧れていたJOCVとしての一歩を踏み出せることに胸を躍らせ
不安よりは期待のほうが大きく、笑顔で日本を発った。

来年の今日はどんな思いでここにいるのだろうか。
1年前と1年後のことを思うと同時に
折り返し地点に立っている今の自分を省みた。

生活に振り回された1年間。
でもそれは言い訳かもしれない。
他の国の同期隊員から送られてきたリレーコラムを読んで
ここは、まだまだ恵まれた環境だと何度も思った。
自分がどんな活動を思い描いていても、現実はすんなりいかないもの。

日本にいる友達、先輩、後輩
たくさんの人に応援してもらい、見守ってもらってここにいる。
他の国に散っている同期
残念ながら任期短縮で帰国し日本でがんばってる同期
同じウズで活動してきた先輩・後輩隊員
駒ヶ根のときからずっと一緒の同期隊員。
それぞれ活動に対する思いや取り巻く環境は違うけど、
やっぱり一人じゃなくて、みんながいるからがんばれる。


そこで、お礼を言いたい人がいる。

1年先輩、今回2年の任期を終えて帰国するアキャ(S隊員)。
きっとブログを見ていてくれてると思うので。

アキャと出会ったのは自分達の新歓の時。1年前。
最初、ずっと陰でビデオを撮っていて、変な人だと思ってた(笑)
アキャの名前だけは駒ヶ根の時から知ってた。
フルネームを発音するとウズ語では『太った乳牛』って意味になっちゃう。
JOCV1人だけの隊次だから、語学クラスも1人だったらしい。
でもすごく面白い人だよと先生から聞いていた。

人見知りな自分は、なかなか話のきっかけをつかめず…
でもこの人が太った乳牛さんかぁと思ったら突然親近感が沸いた。
アキャっていうのは、ウズ語で兄さんという意味。
ぎりぎりJOCVっていう年齢だけど少年の心も忘れない。
そんなS隊員を親しみと尊敬をこめて、みんなアキャと呼ぶ。

アキャの派遣前のこととか、派遣中の活動のこととか
なぁんにも知らなくても、とにかく話が面白かった。
首都出張の時のちょっとの間しか話ができないのに
すごく印象に残ってた。
1年後の自分を重ねて、アキャの背中を見ていた。
でも、到底追いつけそうもない。
アキャは別格だったから。

自分のブログを読んでメールをくれたり
電話をくれたり
くさってしまいそうな時にも元気をくれる
ちゃんと見ていてくれる先輩。

『いいんだよ』って・・・
がんばらなくて とか、そのままで って言葉がなくても
いいんだよって言ってくれるアキャの言葉が励みになった。
そういえばアキャは誰にでもさん付けで呼ぶ。
なのによそよそしくない。

送別会での出し物のラップ。
歌詞を作ってくれて、担当まで考えてくれた。
自分のことだなとすぐ分かる内容だった。
自分の台詞とアキャの台詞。
リズムにのせて声に出したら
今までたくさん言われてきたどんなアドバイスより
すんなり心にはいってきた。

緊張や不安が抜けない練習の時から、
たくさん褒めてくれてアドバイスくれて
とにかく間違ってもこうやってごまかせばいいよ
フォローするから大丈夫だよ
楽しんでやろうと言ってくれた。
ラップの練習だけじゃない。
きっと今まで出会ってきたみんなにこうして力を与えてきたんだろうな。

今までの自分だったら、考えすぎたり失敗に落ち込んだり
こんなちょっとのことも責任感じたり。
出番が終わってももやもやしてただろう。
でも、今回はふっきれた。
単純に楽しかった。
恥ずかしかったけど楽しかった。
いっぱい間違えたのに後悔してない。
アキャが自信をくれたから。

人生の先輩、JOCVの先輩。
それだけじゃなくって、自分の価値観に左右されずに
その人のことちゃんと見てて、理解したうえで
和ませたりテンションあげたりする術をもってて
本当にすごいと思う。褒めすぎですか?(^^;)

送別会の二次会は飲み会じゃなくて、外で遊んだ。
最初はラップメンバーで記念撮影してたんだけど
いつの間にかみんな集まってきて。
ピラミッド作ったり、人間知恵の輪したり。
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アキャの周りにみんな集まってくる。
それでみんなができる遊びを考えてくれて、
子供みたいに無邪気に笑える。

やっぱりアキャはすごい。

アキャと出会えてホントによかった。
ありがとうございました。
2年間お疲れ様でした。
きっと日本でも活躍されることと思います。
日本で待っててください。またみんなで飲みにいきましょう!
そのときは日本酒飲めると思うので(笑)

出会った人たち恋しくなったら 必ずまた来るその時までは
ダ・スベダーニャ! クリシュグンチェ!!
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3日間の行事が一通りおわり、延泊して日曜に任地に戻る予定。
土日は自由時間。

まず、土曜日に髪を切りにいった。
ウルゲンチで2度もパッツンカットにされ
もう切らない!と決めたけど、やっぱり暑い。
先輩隊員おすすめの韓国系ウズ人がやってるサロンに。
韓国人、やっぱ最高だった~!
日本の雑誌も置いてあった!
ロシア語しか通じないけどなんとかなった(笑)
ウルゲンチのペットボトルシャワーじゃなくて、
ちゃんとシャンプーしてくれたし、
マッサージもしてくれたし、
スキバサミつかってくれたし…

で、やっぱりショートにしてしまった。冬になったらまた伸ばそ。


夕方からは首都・地方隊員混合でフットサル
18人も集まった!
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普段運動する機会がないので、ここぞとばかりに暴れまわる
スニーカーがなかったので裸足でボールを蹴ったが、気持ちよかった。
パスが通らなくてもシュートがはいらなくても
走ってるだけで気持ちいい(笑)
夕方5時といっても、まだまだ日差しは強い
でもみんな元気だ
IMG_4972.jpg

汗をかいたあとは同期隊員&アキャと中華料理!
首都でしか食べれないものを食べまくる。
2週間くらい早いけど、みんなが集まった時しかできない
同期の誕生日パーティー
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そういえば1年前も同じ店でお祝いしたね。
K也、ホントにおめでとう!これからもよろしく

その夜はK也の家に先に帰らしてもらって汗を流す。
ディスコに行ったはずのみんなはドレスコードに引っかかって(?)
入場できずに帰ってきた。
なので一緒に泊まった同期と一年終了記念に日本酒を飲み
ウォッカ飲まされてるからか、日本酒初呑みなのに軽かった~甘かった~
絶好調に眠かったのでさっさと寝た。

濃い一日!!


日曜は眠気が残り、思うように作業が出来ず
心残りをたくさん残してウルゲンチへ帰ってきた。
今回はメンズが一緒なので夜の便。

疲れた体に鞭打って、同期モモに手伝ってもらい4階まで荷物を運ぶ。
家が近いっていいね。
風邪をひいたマーキーおかゆつくってあげるため
また後で家行くわーって別れて・・・

家に入ると何か違和感。
外から見ると窓が開いてたし(4階だけど)

誰か入った形跡が!

前の人の荷物を全部一まとめにしておいたんだけど、
それがなくなってた。

大家に電話しても通じない。
誰が入ったんだよ!もうっ(怒)

幸い(?)貴重品はほとんど首都にもっていってたのと、
置いていたものも鍵のかかる棚に入れてた。
寝室には鍵をかけていた。

洗濯物も干してたし、部屋やクローゼットに自分の荷物をおいていた。
普通、誰かに入られたら困る。
クルパチャや食器類などは持っていかれてしまった。
シャワーやトイレを使った形跡も。

自分のものでなくなったものはなさそうで安心。
だけど、ゴミだけ捨てずにそのまま。
しかも掃除したばっかりなのに散らかしていかれてしまった。


首都出張はおいしいご飯も食べれるし、熱いシャワーも浴びれるし
贅沢の限りをつくす。
でも身体的に疲れがたまる。たいてい胃がやられる。
そしてウルゲンチに帰ってきた途端精神的にやられる。
これは毎回毎回変わらない。
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